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「私は何のために…」専属トレーナーが耳にした苦悩 “チーム イ・ボミ”の証言(3)

日本女子ツアーで2015年から2年連続賞金女王に輝いたイ・ボミ(韓国)が今季限りで現役を引退する。長らく日韓のファンを魅了してきた“スマイルキャンディ”を支えた「チーム イ・ボミ」のスタッフのインタビュー連載。第3回はトレードマークである笑顔の裏にあった苦悩を、渡邊吾児也(あるや)トレーナーが明かした(敬称略)。

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悲願の女王戴冠を支えたコンディショニング

専属トレーナーとしてチームに加わった2015年当時、渡邊に託された任務はシンプルにして、シビアだった。直近3年の賞金ランキングで3位、7位、2位の成績を残してきたボミを、賞金女王に導く。前年9月に亡くなった父・ソクジュさんとの約束を果たそうと、選手本人はもとよりチームの士気は高かった。

1月2日、渡邊は大雪の地元・京都から、ボミが滞在していた兵庫のゴルフ場に出向き、簡単なあいさつを済ませた。その後の数週間で体をチェック。「(体の各部位の)“つながり”が良くないというか、自分の身体をうまくコントロールできていない」というのが最初の印象だった。「ゴルフは二本の足で立ち、自分で生み出すパワーをクラブからボールにいかにロスなく伝えられるかが重要。筋肉、関節から力を無駄なく伝える動きをしなくてはならない」。各箇所の単純な筋肉の増量よりも、それぞれの連動性の向上に時間を割いた。

開幕直後は勝利に縁遠かった。3月末からは4試合続けて2位という惜敗。ただ、ボミにはオフの間に”がまん”を求めていた。「体が変わるのには最低でも2、3カ月かかる」。待望の初勝利は5月「ほけんの窓口レディース」。まさにプラン通りの白星が、記録的な一年の起爆剤になった。

158㎝の身体で抜群のショットのキレを誇った全盛期。日々の鍛錬で渡邊が「一番大事にしている」という、あるエクササイズがある。横たわらせたストレッチポールの上にあおむけになり、手足を交互に、リズムを変えて動かすメニュー。体幹、バランスに優れていなければ、挙動は安定しない。「うまくできずに気分が落ちて、プレーに影響が出たらイヤ。朝はあまりやらせたくない」のがトレーナーの本音。「でも、彼女はそれに毎日チャレンジした」

今ある自分に満足せず、ウォーミングアップの時間は日を追うごとに伸び、コンディショニングにも貪欲だった。千葉県内で2連戦があったその年の6月。初戦を終えた翌日、それまで月曜日は完全オフが慣例だったボミを、渡邊は“リカバリートレーニング”のため外に連れ出した。「だらだら過ごすよりも、少し体を動かす方が疲労は抜けやすくなる。ダマされたと思ってやってみて」。チームスタッフと足を運んだ近隣の公園。「ランニングをして、その後はショートスプリント。彼女はダッシュが速いんです。ノリさん(清水重憲)は『負けるわぁ。ついて行かれへん』って(笑)」。シーズン2勝目となる「アース・モンダミンカップ」数日前の光景だった。

笑顔の裏にあった苦しみ

2015年、かくしてボミは日本で悲願の女王の座に就いた。年間7勝。2位のテレサ・ルー(台湾)に8000万円以上、3位の申ジエ(韓国)には1億円以上の大差をつけて。さらに翌16年もレースを制して2年連続の女王戴冠。その頃にはもう、心境には変化があったかもしれない。

「何のために、私はこんなに頑張らないといけないんだろう…」

日々のトレーニングのふとした時、ボミの口からそんな言葉が漏れるようになった。“3連覇”が期待された17年シーズンだった。渡邊は「3年連続に挑戦できるのは今、ボミしかいないよ」と励ましながらも、「ひとりの人間、女性として、これ以上行ったら(心が)壊れてしまう。ギリギリのところにいる」と感じていた。亡き父との約束を果たし、翌年も自らを奮い立たせて頂点に立った。キュートなキャラクターも相まって人気も絶頂。試合会場で、渡邊がボディガードさながらに身をていしてボミを守った場面も一度や二度ではなかった。

「ボミが泣いたこと? ありますよ。悔し泣きもする」と明かす。「本人は内心、2016年でやり切ったと思うんです。自分の目標だったのはもちろん、家族や周りの夢を背負ってゴルフをやってきた」

17年「CAT Ladies」での通算21勝目を最後に遠ざかっているタイトル。それでも渡邊は、ボミがアスリートの本能までは失っていないと知っている。「コロナ禍以降は特に、以前のようにはトレーニングや練習に多くエネルギーを注げない。(試合前には)『今の若い選手はすごい…』と本人も言うのに、予選落ちしたらめちゃくちゃ悔しがるわけですよ。『私、夕食いらない』『テイクアウトでイイ。餃子を買ってきて』とか…」。ここ数年、重圧が幾分少なくなっても、奥底でくすぶり続ける戦意が余計に葛藤を生んだ。

日本での締めくくりは10月の「マスターズGCレディース」。「僕の言うことに真剣に取り組んでくれて、思いを共有できる関係でいられたのが一番幸せな時間だった」と話す渡邊はラストシーズンもボミを支える。「どういうゴルフ人生の終わりをたどるか、みんなで絵を描きたい。彼女にとっては旦那さん(イ・ワンさん)を連れて、旅行を兼ねたくらいの気持ちでやるのもモチベーションの一つだろうし。自分の職業を人生の楽しみに生かすと捉えたっていいと思うんです。もちろん、忙しい中で最善を尽くせるように相談してやっていく」。

私は何のために頑張ってきたのか――。第一線を去るまで半年余り。その理由を再発見できるかもしれない。(編集部・桂川洋一)

■ 渡邊吾児也

1980年、京都府生まれ。サッカー少年だった学生時代を経て、専門学校卒業後にトレーナーとしてJリーグクラブに所属。プロゴルファーは宮里優作らの体をケアし、2013年から宮里美香、15年からイ・ボミの専属トレーナーを務めた。18年は菊地絵理香を担当。19年にチーム イ・ボミに復帰した。

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