2025/03/17国内男子 陳清波さんのお別れの会 王貞治氏「素晴らしい人間性だった」 1月14日に93歳で死去した国内男子ツアー通算12勝の陳清波(ちん・せいは)さんのお別れ会が17日、東京都千代田区の東京会館で開かれプロゴルファーら約120人が出席した。20代の頃から親交があった…
2025/01/21国内男子 殿堂入りの名手・陳清波氏が93歳で死去 「マスターズ」6年連続出場 日本プロゴルフ協会(PGA)は21日、レギュラーツアー通算12勝の男子プロゴルファー陳清波(ちん・せいは)氏が敗血症のため14日に死去したことを発表した。享年93歳。 葬儀はすでに家族葬で執り行われ…
1997/07/27国内男子 プレーオフを制して葉彰廷が初優勝 ツアーなどで7勝。それなりの実績はあったが、ようやく大きなトーナメントを制した。 「前の晩も陳(清波)先生に電話しました。風が強くなるから低い球で攻めろとアドバイス されました」という葉。台湾選手は風…
2018/09/30記録 「日本プロゴルフシニア選手権」歴代優勝者 1987 内田袈裟彦 25 1986 橘田規 24 1985 張春発 23 1984 謝永郁 22 1983 陳健義 21 1982 佐藤精一 20 1981 陳清波 19 1980 藤井義将 18…
2019/05/14国内男子 殿堂入りゴルファー「那須の神様」小針春芳氏死去 を狙った陳清波のスコア誤記で優勝が転がり込み、「日本ゴルフ史上初の事件」とされている。 拠点の那須ゴルフ倶楽部一筋で、激動の時代を乗り越えて2度の「日本オープン」制覇を含む通算6勝、シニア競技では9勝
2014/12/16ニュース 杉原輝雄、岡本綾子らが日本プロゴルフ殿堂入り 、台湾から帰化し「ダウンブロー」という言葉を浸透させた陳清波。ツアー制施行後に目覚ましい飛躍を遂げたプレーヤー部門で永久シード選手の故・杉原輝雄と、日米両ツアーで賞金女王に輝いた岡本綾子を選出した…
2012/10/22ギアニュース 往年のプロ集結、「全日本エイジシューターマスターズ選手権」一般入場無料 120名のほか、約40名のシニアプロも参加。陳清波、杉本英世、鷹巣南雄、新井規矩雄、岡田美智子、海老原清治、小林富士夫など、公式試合の勝利数合算は150勝超と大物揃いだ。 その彼らが「エイジシュート
2018/01/11モテゴル研究部 第54話 西郷どんに会いに行こう 2泊3日鹿児島ゴルフ旅行(前編) だ温泉泥パックでお肌がすべすべになった後は、豪華バイキングで腹を満たし、いよいよゴルフへ。 この日はかごしま空港36カントリークラブの空港コース。 旅のテンションで浮かれまくりの3人は、名匠 陳清波
2018/01/18モテゴル研究部 【ゴルフ場紹介】かごしま空港36カントリークラブ コースからなる、鹿児島県で唯一36ホールの大型コースです。 どちらのコースも「マスターズ」出場6回(いずれも予選通過)を誇る台湾出身の陳清波(ちん・せいは)プロが設計。デザインそのものに奇をてらった…
2017/02/08ニュース 「日本プロゴルフ殿堂」新たに陳清水ら6人を発表 の下で7カ月ほど学んだ。その後、再来日して日本に定住。トッププロへと成長する。1937年に「日本オープン」優勝、「日本プロ」は2度(1942、53年)制覇するなどの実績を残したほか、陳清波ら来日した…
2021/11/11後世に残したいゴルフ記録 歴史に埋もれた暗夜の5人プレーオフ/残したいゴルフ記録 扱われていないためだ。 それは、1961年11月に千葉・鷹之台CCで行われた「日本オープン」だった。下関GCのトッププロで当時24歳の細石憲二が、小野光一、勝俣功、陳清波、謝永郁を破って優勝した
2000/04/09国内女子 西田智慧子、6年ぶりのツアーV も挑戦の気持ちは忘れていない。まだ45歳。この冬も、たまたま台湾に帰ってきた陳清波プロにみてもらった。 「体のことは自分でわかるけど、スウィングのことはね。元のフックボールに直したらと言われました。謝
2020/03/04後世に残したいゴルフ記録 マネーランクなき時代の賞金王 ジャンボは1800万円で初戴冠/残したいゴルフ記録 1967年は、海外メジャー「マスターズ」で15位に入った陳清波(台湾)が、当時アジア人最高の賞金を手にして賞金王に。68年は、細石憲二がアジアサーキットの「マレーシアオープン」で優勝するなどし、ドル仕立ての
2018/04/04ゴルフ昔ばなし 夕闇のマスターズ表彰式 日本人選手が立つ日/ゴルフ昔ばなし ―日本人選手が初めて「マスターズ」に出場したのは1936年。陳清水と戸田藤一郎がオーガスタの地を踏んだ第3回大会でした。陳清波と小野光一が出場した1963年以降、日本勢は約50年にわたって毎年参戦し