2015/04/04国内女子

ニューパターも活躍 勝みなみが初挑戦の葛城で7位浮上

開催された「ニュージーランド ストロークプレー選手権」(3月26~29日)に出場し、個人3位の好成績を収めて帰国。月曜夜に成田空港に到着し、自宅がある鹿児島に戻ることなく、そのまま当地に移動した。練習
2015/06/07米国男子

打球事故でギャラリーが流血 松山英樹の動揺

目を潤ませて力なく話した。 2年連続優勝がかかる最終日は、通算10アンダーの5位タイから、単独首位のジャスティン・ローズ(イングランド)との差5ストロークを追いかける。(オハイオ州ダブリン/桂川洋一)
2015/01/29米国女子

宮里藍は29パットにも前向き 昨年との違いを実感

だけが重く響いた。 パットに苦しんだ昨シーズンを連想させる展開。だが、宮里はこう言い切った。「思った通りのストロークは、すごくできていた。自分の中では、合格点をあげられる内容のパッティングだったと思う
2015/02/27米国女子

コメント集/ホンダLPGAタイランド2日目

スタートでなるべくスコアを落とさないようにという感じでプレーしていたけど、昨日よりピンポジションが振ってあって、難しいところに外してしまうことが多かったので、少しショットの修正も必要かなと思う。パットはストロークの問題ではなく、前半は読みが厚めだった。後半は薄めに読もうとミックと話したら入り始めた」
2015/03/02米国男子

ミケルソンが3打差 残されたバックナインに全力

へとつなげている。 パットの貢献率を示すストローク・ゲインド・パッティングでは、第3ラウンドを終えた時点で全体3位を記録。「今週のグリーンはトリッキーで読むのが難解だけれど、パットが上手く打てている
2016/03/11GDOEYE

アンカリング禁止 ブラッドリーは“仲間”の再起に?

一部に固定してストロークするアンカリングに関する議論が高まり、今年1月にアンカリング規制が開始。ブラッドリーをはじめ、多くの選手が中長尺パターを手放した。 最後に優勝を飾ったのは2012年の夏。「WGC
2015/10/02日本女子オープン

「焦らず」できなかった…宮里藍は1打届かず国内4戦予選落ち

オーバー。決勝ラウンド進出に1ストローク届かず、62位で予選落ちとなった。これで宮里は、今季スポット参戦した国内4試合すべてで予選落ち。 初日の悪天候から一転、快晴弱風の好コンディション。午前組、インコース
2015/08/08米国男子

予選落ちの石川遼 来季シードの行方は最終戦へ

ポイント』の配分。通常のストローク形式よりもバーディがスコアに占める貢献値が高いだけに、わずか1バーディにとどまった展開に肩を落とした。 悔やまれるのは前半18番(パー5)。フェアウェイから210yd
2015/04/25国内女子

初優勝狙う藤田光里 続く上位争いが支える自信

。 初日「71」、2日目「69」のストローク数は、昨年と同じスコアだ。「(昨年は)風が強くてあきらめてしまった」と、最終日を「77」とし、風を克服するレベルまで気持ちを引き上げられなかったことを悔いた。だ
2015/04/27GDOEYE

石川遼 1W復調で取り戻した自信

進歩を感じる一週間になったという。 優勝したジャスティン・ローズは通算22アンダー。一方の石川は通算7アンダー。その差は15ストロークと大きいが、バーディ数で比較するとローズの25個に対して、石川は
2015/07/21全英オープン

ザック・ジョンソン 長距離砲を打ち負かした精密機械

ホールアウトすると、4ホールのストロークプレーとなるプレーオフもスタートの2ホールで5m、7mのバーディチャンスをものにして、逃げ切った。 例年よりもソフトなフェアウェイとグリーン、戦前の優勝予想でも
2015/05/08ワールドレディスサロンパスカップ

宮里藍、国内ツアーでは4年ぶりの予選落ち「収穫はなし」

は1mを外したものだった。 「グリーンの状態は最高。私のグリーンの読みと、(ストロークを)修正できなかったことが問題。ショットもアドレスがしっくり来ていなかったし、そこからくるパットの流れもあったと
2015/05/15日本プロゴルフ選手権大会 日清カップヌードル杯

ジャンボ尾崎 メジャー初のエージシュートに1打届かず

、年齢以下のスコアで回るエージシュートをあと1ストロークのところで逃した。 尾崎は初日に「76」を叩き、この日は135位からのスタート。前半インを2バーディ、1ボギーで折り返すと、4番、さらに6番(パー3
2015/08/16全米プロゴルフ選手権

「63」の余韻に包まれ 岩田寛、光ったリカバリー

のは、2日目に記録した海外メジャーの18ホール最少ストローク「63」の余韻。「ギャラリーの人にいっぱい名前を呼ばれたり。こんなにしてくれて嬉しかった」という華やかな空気の中で、岩田は耐えに耐えていた