2012年 全米オープン

【WORLD】サンフランシスコ・ラブストーリー/オリンピッククラブの魅力

2012/06/03 10:10

US Golf Digest (2012年6月号) texted by Jamie Diaz

300ヤードを切る短いパー4。確実にバーディを狙えるのはこのホールが最初になるだろう。(Stephen Szurlej/GD)

レイクコースは、メジャートーナメントで最も厳しいスタートが特徴となるだろう。1番ホールが簡単なパー5から、520ヤードのパー4に変更されたため、プレーヤーは守りに徹することになる。288ヤード、パー4の7番ホールまで息つく暇がない。ここからオリンピックは、「可能性のある復活したコース」となる。

特に、上がり4ホールは、154ヤードの15番ホール、巨大な670ヤードの16番ホール、2オン可能だがリスクの多い522ヤード・パー5の17番ホール、そして344ヤードの18番ホールは、21ヤード幅のフェアウェイを持つ最終ホールの厳しさがあるなど、オーガスタのようにストロークが大きく変化する可能性がある。

私と同様に、このコースをひいき目に見ているミラーは、新しいオリンピックは、現代のトーナメントゴルフにおける最大のテストで、その真価を証明するだろうと考えている。私はかつて誉れ高かったサンフランシスコのゴルフコースが、再び活気を取り戻すことを楽しみにしている。オリンピックで開催された1998年の全米オープンの前、2009年に他界したロズバーグは、1940年代にサンフランシスコのリッチモンド地区で育ったことを懐かしそうに振り返り、「私が過ごした当時、サンフランシスコでゴルファーとして成長することは特別だった」と話したのだ。

例年開催される世界最古の大会でもある「サンフランシスコ・シティ・チャンピオンシップ」というアマチュア大会で、ベンチュリとハービー・ワードが優勝争いを繰り広げた1950年代半ばが、地元ゴルフ文化の頂点だった。1956年、ハーディングパークが舞台となった最終36ホールでは、ベンチュリが4アンド3で優勝し、1万人のギャラリーが集まった。

「サンフランシスコは、いいプレーヤーになるためには、おそらく最高の都市だ」と、2004年に逝去したワードは言っていた。「誰もがゴルフ好きのようだ。特に、レストラン経営者は全員で、まるで私たちを有名人のように扱ってくれた。彼らが経営するレストランに足を踏み入れると、ジョー・ディマジオ(伝説のメジャーリーガー)やヒュー・マケルヘニー(1950年代のアメリカンフットボールにおけるスター選手)と同等になれたんだ」。

全米オープン開催週は、ゴルファーたちはサンフランシスコ・ジャイアンツのエース、ティム・リンスカムやNFLのサンフランシスコ・フォーティーナイナーズのスター、フランク・ゴアよりも地位が高くなる。そしてUSGAがサンフランシスコを堪能することは間違いない。街そのものがすばらしいし、雷雨による遅延がなく、東海岸ではプライムタイムにテレビ放送できる。だが、何よりも、ホーガンから始まった神秘的な雰囲気、本当の歴史に対する期待がある。USGAのマイク・デービスが言うように、「オリンピックには不思議な何かがある」のだ。

ほらね。私がオリンピックをひいき目に見る唯一の人物ではないだろう?

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