2012年 全米オープン

【WORLD】サンフランシスコ・ラブストーリー/オリンピッククラブの魅力

2012/06/03 10:10

US Golf Digest (2012年6月号) texted by Jamie Diaz

サンフランシスコが誇る、尊大なオリンピッククラブへ、ようこそ。(Stephen Szurlej/GD)

海外メジャー第2戦「全米オープン」が6月14日(木)に開幕する。2012年大会の開催コースはカリフォルニア州サンフランシスコのオリンピッククラブ。1998年大会以来、14年ぶりに決戦の舞台となる。その美しい港町に在住するJamie Diazが、サンフランシスコ、とりわけそのオリンピッククラブでプレーすることの「特別な理由」を語る―。

Jamie Diaz
私が地元のサンフランシスコに再び住んで35年が経つ。その間、数多くのすばらしいゴルフコースでプレーする幸運に恵まれてきたが、ゴルフを覚えたこの街の色、匂い、芝生、木々のイメージが、ずっと強く印象づけられてきた。ハーディングパークは、私にとってアメリカのパークランド(温暖な気候の場所に見られる、まばらなに木が群生した草地)コースの典型例だし、ゴツゴツとしながらも美しい独創性を持つリンカーンパークは、まるでイギリスの島々にある名門コースで落ち着いたプレーをさせてくれるかのように取りはからってくれる。私に言わせれば、サンフランシスコ育ちのゴルファーは、どこに行っても心地よくプレーできるのだ。

それに反して、私はオリンピッククラブを「手の届かない理想」として考えてしまう。ハーディングパークからマーセド湖を超えて、わずか1マイルほどの場所にあるが、私にとっては、「遠く離れた場所」だった。オリンピックの壮大な、クリーム色と赤い屋根のクラブハウスを、フェアウェイと森の上に望める14番ティ。そこに行くことが、いつも楽しみだった。完璧なまでの調和は、1950年代の映画の背景に描かれたもののようだった。そして、オリンピックこそがサンフランシスコのゴルフ史における重要なコースであることを知った。

ベン・ホーガンとアーノルド・パーマーがスコアを大きく崩した痛恨の場所、ジョニー・ミラーが功名を成した場所。そして、私がチャールズ・プライスとダン・ジェンキンスがとらわれないスタイルで書いた手軽な本の題材だった。私にとって、ザ・オリンピック・クラブは、ゴルフというスポーツにおける非公式ながらも紛れもない世界とつながる、初めてかつ永遠の架け橋でもある。

私はこれまで数え切れないほど、このコースを崇拝しつづけてきた。数回プレーした後ですら、馴染みの感覚を抱きたくはなかった。

オリンピックでの最も強烈な思い出は、初めて間近にコースを見た時だ。私が12歳の時、1966年の全米オープン最終ラウンドが行われる午後だった。9ホールを残してパーマーが7打差の首位に立っているとカーラジオで聞いた後、私の父はハイウェイ280号線を脇道に逸れて、表彰式を見るためにオリンピックへと向かうことにした。到着すると、大勢の人が帰宅しようとしていたが、父はクラブハウス近くに車を停めた。

リーダーズボードを見ると、そこにはパーマーがまだ優勝しておらず、どういうわけかビリー・キャスパーに並ばれたという信じられない事実が掲げられていた。エスコートに脇を固められたパーマーは、濃紺のカーディガンと白いシャツを身につけたきらびやかな様子で、褐色に焼けた顔は雄々しかったが、唇と目は傷ついた雰囲気を醸し出していた。私はこの光景をいつまでも忘れないが、さらに鮮明だったのは、エメラルドのリボンのような18番フェアウェイだった。

それは初めてメジャーリーグの球場の門を抜けて、フィールドを見下ろした感覚に似ていた。だが、オリンピックのグリーンの影は、キャンドルスティックパーク(かつてのサンフランシスコ・ジャイアンツの本拠地)のそれよりも、さらに色濃かった。この時の衝撃は、「オズの魔法使い」が白黒からカラー映画に変化した時に似ていた。

そう、その通りだ。全米オープンの会場に評価をつける際に私はオリンピックを、ひいきしていることを認めよう。だが、それが真実でないわけではない。

US Golf Digest (2012年6月号) texted by Jamie Diaz≫
1 2 3

2012年 全米オープン