ジャンボ尾崎さんとの思い出 新1Wでシーズンイン/米下部ツアー開幕直前・石川遼インタビュー【4】

2026年 石川遼 新春インタビュー
石川遼の単独インタビュー最終回。コーンフェリーツアーでの戦いが始まる

2026年、石川遼は遠くカリブ海に浮かぶ島で始動する。昨年末に米ツアーの予選会を通過し、コーンフェリーツアー(KFT)の限定的な出場権を獲得。松山英樹らが主戦場にする世界最高峰・PGAツアーの下部に属する、いわば“2軍”ツアーで腕を磨く。きょう11日(日)開幕の「バハマゴルフクラシック」を控えた渡航前、単独インタビューで心境を語った。(全4回の最終回。聞き手・構成/桂川洋一、服部謙二郎)

10代でジャンボ邸に

米下部コーンフェリーツアー(KFT)参戦を決めた昨年12月、ゴルフ界に訃報が舞い込んだ。ジャンボこと尾崎将司さんが78歳で死去。石川は「亡くなる1、2週くらい前に体調が良くないという病状を耳にしていた。それからすごく早かった…」と沈痛に語った。

大きな背中を初めて生で見たのは10歳の時。2001年、ギャラリーとして訪れた東京ゴルフ倶楽部での「日本オープン」だった。「一緒に来た父は最終組、僕はひとりでずっとジャンボさんの組についた。18番でキャップにサインをもらって、それからもうずっとファン」

2007年に高校1年生で日本ツアー「マンシングウェアオープンKSBカップ」でアマチュア優勝を遂げてから、距離がぐっと縮まった。父・勝美さんのお願いで“弟子入り”し千葉県内のジャンボ邸で様々な指導を受けた。

「初めてお邪魔した時、『ちょっと打ってみろ。30yd先の看板を狙え』と言われて、ド緊張して打ったら、“ポッコン”みたいなショットが続いた。『お前、気持ち悪い球だなあ』って言われた。最初から教わって、すごく重く、短いドライバーを左手で握ってソフトボールを打ち続けた。タイヤ引きも、ランニングもして、野球のノックも受けました。しかも丸くなくて、変なバウンドをするボールを転がしてもらって。腰を低くして、背中側から両足の間に手を出して取る。毎週のように、同じことを2カ月くらいやった」

「(プロ1年目の)2008年に東京ドームでのメジャーリーグの試合で始球式に出ることになったんです。それを伝えたら、『情けない球を投げるな。ゴルフにもいいからな』ってピッチング練習をずっとさせられて…。『なんだそのフォームは』と、もう怒られまくり。1日、2日は、投げるばかりでゴルフボールを打たせてもらえなかった。でも『アプローチは(投球動作の)リリースで覚えるんだ』と教わったんです。そう過ごすうちに、自分の中ではジャンボさんが怖い人ではなくなっていった」

尾崎将司 石川遼
尾崎将司さんに指導を受ける石川遼

1991年生まれの石川は、野球選手だった頃の尾崎さんをまったく知らない。初対面の時にはすでにシニア入りしていたが、指導を通じて最も印象に残った教えは「ゴルフはアスレチックであること」に尽きる。

「運動神経が大事だという大前提を教わった。パットを打つ時も『固まってるんじゃねえ。動きを止めるな』と。カップを狙う時の集中力の保ち方や、静止状態から動くことの難しさを厳しく言われた。ジャンボさん、とにかく本を読まれるんです。お邪魔していた当時は運動力学の本をもとにした体の動きをよく教えてもらった。ジャンボさん自身は体でバックスイングを始めて、クラブヘッドが最後に上がるような素振りをずっとやっていた。あの動きって、今思えば、マシュー・ウルフ(PGAツアー1勝、LIVゴルフ所属の26歳)のスイング。知識が豊富なだけでなく、常に最新を追っていた。いち早くメタルウッドの良さに気づいたのも、『これからのゴルフの流れはこうなっていく』という視点を持っていたのではないかと思う」

「情熱とフィジカルがあるからこそ、練習がたくさんできる。それから技術がついてくる。ジャンボさんの根底にはものすごい情熱、パッションがある。僕たちはゴルフに惹かれている部分も、自分が上に行きたいという気持ちもある。それがないことには、いくらフィジカルが強くて、練習をいくらしても結果はついてこない」

日本ツアー通算94勝。そのうち63勝を、尾崎さんは40歳を過ぎてから挙げた。最後のタイトルとなった「全日空オープン」は史上最年長の55歳241日で勝った。石川は34歳。キャリアのピークはずっと昔だった、と思っていいはずがない。

「ゴルフは(活躍する)年齢の幅がすごく広い。アダム・スコット(オーストラリア)、ジャスティン・ローズ(イングランド)は45歳。彼らのすごさも、根底のパッションだと思う。ずっと世界の上位にいながらゴルフに飽きない。アダムは日本オープンの時も『ゴルフ人生で今が一番飛距離が出る』と楽しそうに話していた。ローズもキャリーで300yd出る。フィジカル面でも若い頃からの努力をコツコツ続けてきたからできること」

新ドライバーとウェッジ

2026年 石川遼 新春インタビュー
新天地でのシーズンはバハマでスタートする

下部ツアーではコーチ、キャディとの3人旅が続きそう。キャディバッグには新しい1Wと未発表のロブウェッジ(LW)を加えて飛び立った。1Wはキャロウェイの2026年モデルとみられるニューモデルで、昨年末にR&Aと全米ゴルフ協会(USGA)の適合ヘッドリストに掲載された情報によると、「QUANTUM」(クアンタム)という名前。複数あるタイプの中から「トリプルダイヤモンド(◆◆◆)」を選んだという。

「去年テストして、トリプルダイヤモンドが一番良かった。打感が良くて、“打ちたくなる打感”というか。当たった瞬間にボールが重く感じる。重く感じるからインパクトで緩まない感じがした。(フェースに)食いつく分、弾く感じ。“トランポリン理論”じゃないんですけどね。プライベートで同世代のプロと一緒に回った時、30ydくらい置いていくショットもあった。ウェッジは軟鉄の鍛造モデルで良い感触がある。1Wと60度だけ替えるかな」

「あとはグリップを太くしました。だからバランスは軽くなったけれど、振りやすい。困ったら鉛を持って行って向こうで調整したい。僕はフェースローテーションが大きいスイングだから、それを抑えて自然なターンをするのにも適している」

プロ転向直後から、石川の周りには常にメーカーのクラブ担当者(ツアーレップ)がサポートチームの一員にいた。KFTではそうはいかない。調整用の大型バス(ツアーバン)が用意されない試合がほとんどで、長距離移動に伴うギア損傷のリスクが高いわりに、修復環境が整っていない。「でも、それはそれ。(壊れたら)その時はその時だよね」と、たくましい。

2026年 石川遼 新春インタビュー
またどこかで

目指すはKFTからの昇格。リシャッフル(出場優先順位の入れ替え)をクリアしながら、2027年のトップツアー参戦が最大のターゲットになる。

「PGAツアーは世界一の舞台。今この時代にスコッティ・シェフラーが、ロリー・マキロイがどういうゴルフをしているのかを知りたい。(弾道測定器で)数字を追うことで、どういう球を打つのか知ることは(仮想で)できても、実際にどういう状況で、ライから、当て感で打つのか…。やっぱり(松山)英樹はそれを知っていて、僕は知らない。一緒に回りながら見られる日はまだ全然、遠い」

「でもやっぱり、自分は世界のトップを目指してやっている。道を切り開きたい。世界に近づく方法はどこの国にいてもあるから、自分に与えられた条件、環境で近づいていく方法でやっていく。目標や夢に続く階段に足を掛けたいと思って、掛けられなかったのが去年。やっと今、右足だけ先に掛けられた状態。ここから左足もガンって、乗せられるかがことしのチャレンジです」

協力/RIVERSIDE CLUB

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