国内男子ツアー

ゴルフ界をにぎわせた元祖・三兄弟ゴルファー/残したいゴルフ記録

2022/10/26 19:05
戦後のゴルフ界を牽引した石井三兄弟の末弟・哲雄 ※提供:武藤一彦

国内男子ゴルフのツアー制度が始まった1973年より前の記録は、公式にほとんど残されていません。また、73年以降もツアー史に埋もれている輝かしい記録が数多く存在します。本連載では、ゴルフジャーナリストの武藤一彦氏が取材メモや文献をもとに男子ツアーの前史や初期にスポットを当て、後世に残したい記録として紹介します。

静岡・川奈出身の「石井三兄弟」

プロゴルフ界の三兄弟といえば、真っ先に思い浮かぶのは尾崎将司健夫直道の「尾崎三兄弟」だろう。だが、かつて三兄弟といえば、静岡・川奈ゴルフコース出身の石井治作、茂、哲雄が有名だった。3人は地元、富戸高等小学校の少年キャディとしてゴルフになじみ、戦前の1930年代から第2次世界大戦をはさみ、1950年代までの間にプロとなった。

長男の治作は1915年2月生まれ。川奈でプロ入り直後、関西の広野GCに所属。戸田藤一郎の兄弟子として活動し、1934年「日本プロ」2位、「関西プロ」2勝(1935、50年)などトッププロとして活躍。のちに関西プロゴルフ協会会長に就任し、ゴルフ界に貢献した。

次男の茂は6歳下。174センチ、60キロの大型プレーヤーとして人気。広野、熱海、川奈、そして千葉・紫とすみれ、愛知・葵(あおい)と所属を変え、1954年に当時マッチプレーで争った「日本プロ」の決勝戦で小野光一を7&5の大差で破り優勝した。川奈時代は、杉本英世と村上隆、アマ時代の湯原信光の師としても知られる。

さらに3歳下の末弟・哲雄は、1949年に広野所属でプロテストに合格した。初優勝は2年目の1951年。地元・広野開催の「日本プロ」決勝戦で、大御所の中村寅吉を3&1で下し初優勝をあげている。1956年には「関西プロ」「関西オープン」を相次いで制し、1961年には2度目の「関西オープン」制覇。石井姓は川奈、富戸地区に多く、石井迪夫、石井朝夫らゴルフ史を飾る名選手は多いなかでも、3兄弟の活躍はゴルフ界の注目を集めた。

兄2人と妹の「三きょうだい」を含めると、宮里聖志優作、引退したさん。さらに中嶋常幸、和也、女子ツアー通算4勝の恵梨華も注目された。これまでゴルフ界をにぎわせてきた三兄弟(きょうだい)の歴史。今後も、ツアーの盛り上げ役を担う“符号”となるのだろうか。(武藤一彦)