「生涯のライバル。絶対に忘れない」青木功が別れを惜しむ/尾崎将司さん「お別れの会」
青木功の弔辞全文
尾崎将司さんの「お別れの会」での青木功の弔辞全文は以下の通り(※一部表記を調整しています)
謹んで尾崎将司さんのご霊前に申し上げます。
ジャンボ
今、ここで自分がジャンボのお別れ会の弔辞をすることなど、全く考えてもなかった。昨年末、突然逝ってしまったという知らせを受け、自分は言葉がなかった。大切な戦友を失い、深い悲しみと大きな喪失感でいっぱいになった。体調を崩していることは聞いていたので、昨年秋に、(長男の)智春くんにジャンボに会いたいとお願いしたが残念ながらかなわず、でも亡くなった後、弔問に行った時に、智春くんから聞いたつらい闘病生活での治療に対する考え方、その間、親族や弟子に残した数々のコメントを聞き、最後までお前さんらしく「ジャンボ尾崎」を貫いた生き様に、改めてジャンボの存在の大きさや優しさを感じ、今は少しずつだけど、現実を受け入れている。
ジャンボの存在は、自分のゴルフ人生を様々な形で、進化させてくれた。圧倒的な飛距離でデビューした時、そしてメタルヘッドのドライバーを使い出した時、正直この時は誰もジャンボにはかなわなくなると思った。でもそんな超えるべき大きな壁のお陰で、自分のゴルフをどのように進化させ、極めるか、そしてそのために限界を超える努力を重ね、その結果青木功のゴルフが確立できた。ある時、ジャンボに「お前さんがいなかったら、俺はとっくに終わっていた」と言ったけど、本当にその通りなんだよ。
自分のプロ入り50周年のパーティでスピーチをしてくれ、人を持ち上げるだけ持ち上げ、最後に「でも僕のライバルはタイガー・ウッズです」と言った時のいたずらっぽいあの笑顔は忘れないよ。
最後にお前と会ったのは、あるパーティだった。会場に入ってくるなり「あにぃ、どうする?俺のジャケットのボタンが外れそう」と言ってきて直してやったんだけど、照れくさそうに笑っていた顔は怒ると思うけど、若いころのジャンボみたいで可愛らしかったぞ。
お互い切磋琢磨しながら、日本のゴルフ界を引っ張る立場になり、日本と海外、別の舞台で戦い、そして現役を終えた後も、また別の道を歩んだよな。自分が2年前JGTOの会長を終える頃、ジャンボは俺の知人に「もう我孫子のおっさんを休ませてやれ。俺と違い日本のゴルフ界の前面に立ち戦ってくれていたのだから、もういいだろう」と話していたということを聞き、本当に涙が出るほどうれしかった。
ジャンボ! たくさん思い出があり過ぎて語りきれないけど、本当にもう一度会いたかった。現役の時は二人とも強い野心と闘争心の塊で互いの立場もあり機会がなかったけれど、ゆっくり一杯やりたかったな。
お前さんがなんと言おうと自分の生涯のライバルはジャンボで、お前がいたから今の自分がある。
絶対忘れないから。どうぞ安らかに眠って下さい。きょうは智春が頑張ってるぞ。
さようなら
青木 功