ホールアウトは午後9時35分 全英最終組はつらいよ
朝日を柔らかに包み込む薄い雲。ゴルフの聖地、セントアンドリュースを舞台にした2015年の「全英オープン」は16日(木)、定刻通り午前6時32分にスタートした。第1組が1番ホールのフェアウェイに足を踏み出したそのころ、手嶋多一はまだベッドの中にいた。
2002年以来3度目の出場となったベテランが目を覚ましたのは、それからしばらくしてからのこと。日本からのフライトによる時差ボケの影響もあった。「何度も起きて3回くらい寝た。部屋から出てテレビを見たり…」。コースに到着したのは、午後2時ごろ。「昔ヨーロッパで(午後)2時半スタートというのはあったけれど、4時過ぎというのは経験がない」。午後4時13分が、初日最終組に振り分けられた手嶋のティオフ時刻だった。
緯度が高く、陽が長いスコットランド。この日の日の出時刻は午前4時45分、日没は午後9時49分だった。出場156選手が全員1番ホールからスタートする伝統を守り続けている全英オープン。手嶋は6番までに1オーバーとし、その後は懸命にパーを並べたが、終盤17番で手痛いトリプルボギーを叩いた。ブッシュからの3打目がグリーン左の“トミーズバンカー”にはまり、4打目はピンと反対方向への脱出を強いられるなど5オン2パット。「最後の3、4ホールは(暗くて)ラインが見えにくかった」という。
4オーバーの139位タイ。最終ホールを終えたのは日没直前の午後9時35分だった。あたりは薄暗くなり、黄色く光るリーダーボード用の電光掲示板の明るさが際立った。コース脇の建物からダンスパーティ用の音楽が漏れていた。1番と18番を見渡せる、3つ合わせて約1万人が収容可能な巨大観覧席にいたギャラリーは、わずか7人だった。そのかわり、18番に面した路地の客からは、長い1日の最後を締めくくった3人に温かい拍手が飛んだ。
「長い…。寝ながらゴルフをしているみたいだった」と、手嶋。吐く息は、既に白かった。
昨年までの過去5大会で、第1ラウンドか第2ラウンドで最終組に入った選手は30人いる(1組3人×2日×5年)。いずれも午後4時以降のティオフだった。そのうち、中断や日没によりラウンド途中で、プレーを翌日に持ち越されたケースもあるが、決勝ラウンドに進んだのは6人しかいない。
日本人選手は昨年、塚田好宣が初日に3アンダーの10位の好発進を切りながら、最終組でプレーした2日目に「78」を叩いてカットラインに1打及ばなかった。2013年に丸山大輔が初日に最後にプレーして「78」、2日目は井上信が入って「76」といずれも予選落ち。
小田孔明は6年前、2009年のターンベリーでの大会を振り返る。「初めて出たときだったけど、上がりが(午後)9時半やったけんね。誰もいなくて、寂しかったよ…」。この舞台で実力者、人気者と認識されるかどうか。戦いはスタート前から始まっている。
天候が目まぐるしく変わり「運」も勝負の行方を大きく左右する要素になる世界最古のトーナメント。ゴルフは、必ずしもすべてがフェアじゃない。そう強く感じさせられるのも、全英オープンなのである。(スコットランド・セントアンドリュース/桂川洋一)
■ 桂川洋一(かつらがわよういち) プロフィール
1980年生まれ。生まれは岐阜。育ちは兵庫、東京、千葉。2011年にスポーツ新聞社を経てGDO入社。ふくらはぎが太いのは自慢でもなんでもないコンプレックス。出張の毎日ながら旅行用の歯磨き粉を最後まで使った試しがない。ツイッター: @yktrgw