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WGCメキシコ選手権
期間:03/02~03/05  場所: チャプルテペクGC(メキシコ)

<選手名鑑229>ブラント・スネデカー(後編)

■卓越パットの極意 “One look & Go !”

4月のマスターズに焦点を定めるブラント・スネデカー(Minas Panagiotakis/Getty Images)※2016年「RBCカナディアンオープン 」

ブラント・スネデカーのショットのリズムは他の選手に比べると早い。軽い素振りをしたあとに、目標を確認しながらアドレスに入る。構えが定まってからは素振りをせず目標を1回見て、スイングを開始する。米国では、このルーティンは“One look & Go”と呼ばれ、パッティングにおいても、ほとんど同じルーティンとリズムでストロークする。素振りをしながらアドレスを決め、一度目標を確認したあとは、素振りをせずアドレスに入るのと同じようなテンポで開始する。スネデカーの素振りは、多くの選手が行うイメージ作りのためではなく、リズミカルにアドレスに入り、スムーズなストロークを行うためのワッグル的な意味がある。

このルーティンについてスネデカーは「メカニカルではなくフィーリングを大切にしているから」と説明する。“敢えて”そうしているのではなく、フィーリングを考えると自然にその動きになるのだそうだ。ペブルビーチで9勝目を挙げたジョーダン・スピースも先月来日した際、パットに関して興味深いことを話していた。スピースはパットの際に素振りをしない。その理由を「素振りをすると機械的になることがある。自分の感覚を生かしたいと思うようになってから、素振りをしなくなった」と話していた。その辺はパット巧者の秘訣につながる点かも知れない。

スネデカーのパッティングは素晴らしい。年間王者になった2012年はランク1位、翌13年はランク4位と常に上位をキープしている。信じられなかったのは14年のマスターズ3日目、4番パー3でのこと。1メートルから5パットを喫し、クオドラプルボギーの“7”を叩いた。それでも同年8月の全米プロ選手権時点で、パットランク16位と、決して悪くはなかった。それでも気になりエースパターのオデッセイ ホワイトホット XG ROSSIEに戻した。その後、15年は5位、16年は33位とハイレベルをキープ。グリーン上でのスネデカーはマジシャンのようだ。

■父は弁護士 母は質店経営 兄は判事

スネデカーは1980年12月8日、米国南東部テネシー州ナッシュビルで生まれた。テネシー州と言えば、世界最大手の物流会社でPGAツアーのスポンサー、フェデックス社の本社所在地でもある。またカントリーミュージック、ロックンロールなど、米国のポピュラー音楽の重要拠点で、エルビス・プレスリーゆかりの品が展示されているグレースランドは今も人気の観光スポットだ。ナッシュビルは州都で、同州のメンフィスの次に大きな都市で、医療、出版、銀行などの中心地、最高裁判所の本部所在地でもある。

スネデカーの父・ラリーは、テネシー州の弁護士で大のゴルフ好きだ。ガン闘病後はプロになった息子・ブラントの活躍を見るのが楽しみで、2012年の年間王者に輝いた時、父は現地ジョージア州アトランタ郊外のイーストレイクで観戦し、グリーンサイドで父子は感激して抱き合い、息子の勇姿をしっかりと目に焼きつけた。

母は質店を経営し、一家の経済面をしっかり支えてきた肝っ玉母さんで、子供の頃にブラントは店の手伝いをしたこともあった。兄・ヘイムズもゴルファーで、弟・ブラントと一緒にゴルフを楽しみながら育ったが、兄は法律の道へ進み、28歳でアラバマ州判事に抜擢。当時のアラバマ州で最年少判事となった一方で、ブラントはゴルフで実績を積んでいった。03年アマチュア界のメジャー試合パブリックリンクス選手権で優勝。同大会の優勝者は、プロ転向しなければ、翌年のマスターズに招待されるのだが、ブラントはそこで夢を叶えた。その時バッグを担いだのが兄で、「兄弟の最高の思い出」と当時を振り返った。

■胸痛の理由は骨密度

スネデカーが胸痛を感じ始めたのはツアー3年目の09年頃からだった。4月のマスターズ翌週の、ヘリテージに出場。胸の痛みでスイングがスムーズにできずに予選落ちした。約1カ月の休養を経て復帰したが、違和感は残った。いくつも検査を受けたが、理由は判明せず、オフをとりながらツアーに出場した。2010、2011年には左右股関節の手術を受けた。翌12年5月にも、メモリアルトーナメントの途中で胸筋を痛め棄権。1カ月以上のリハビリ後に復帰した。主治医にDNA検査を勧められ、その結果、先天的に骨密度が極端に低いことがわかった。治療法はフォルテオという薬剤を毎晩、腹部に自身で皮下注射すること。フォルテオは骨密度を改善し、骨の再形成を促進し、骨折の危険を軽減する効果が期待できるという。彼はケガが多かった理由が判明し安堵した。現在は、痛みは改善されたようだが、転戦にも薬剤を持参し治療を続けている。

■数年で3人のコーチ変遷 すべてはメジャー優勝のため

スネデカーのコーチと言えば、家族のような関係だったトッド・アンダーソンだったが、14年後半からブッチ・ハーモンに師事した。13年にジミー・ウォーカーが、ハーモンに師事してから快進撃を続け、フィル・ミケルソンは43歳で、全英オープン優勝を飾るなど、“ハーモンマジック”が話題となり、ハーモンへの評価と関心が急上昇した時期だった。

スネデガーも翌15年1月のペブルビーチ・プロアマで、通算22アンダーの大会新記録で優勝。世界ランクも63位から一気に31位へ浮上し、マスターズと世界選手権の出場権を獲得した。だが、昨年11月、ハーモンから離れ「他のコーチの考えを聞いてみたい」とジョン・ティレリーの元へ。ティレリーはジョージア州拠点で昨年大ブレークしたケビン・キスナーや、スコット・ブラウンらのコーチとして活躍中だ。スネデカーはここ数年、揺れ動いているようだが、すべては悲願のメジャー優勝のため。ツアー8勝、メジャーでのトップ10は8回にのぼる。マスターズでの最高順位は、卓越パットで魅了した08年の3位タイ。昨年は10位タイだった。今年2月中旬時点でトップ10に2回と、ジワジワ好調に転じており、まずは4月のマスターズに焦点を定めている。

佐渡充高(さどみつたか)
ゴルフジャーナリスト。1957年生まれ。上智大学卒。大学時代はゴルフ部に所属しキャプテンを務める。3、4年生の時に太平洋クラブマスターズで当時4年連続賞金王に輝いたトム・ワトソンのキャディーを務める。東京中日スポーツ新聞社を経て85年に渡米、ニューヨークを拠点に世界のゴルフを取材。米国ゴルフ記者協会会員、ゴルフマガジン「世界トップ100コース」選考委員会国際評議委員。元世界ゴルフ殿堂選考委員。91年からNHK米ゴルフツアー放送ゴルフ解説者。現在は日本を拠点に世界のゴルフを取材、講演などに飛び回る。

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