PAGツアーのエリートに名を連ねたハース
プロのゴルファーたる者が『チョーク(緊張のあまりビビってしまうこと)』という言葉を口にすることは、滅多にない。祖母のお気に入りの磁器を持っている訳でもないのだから。
しかしビル・ハースは、日曜日にこの「チョーク」という言葉を何度も使った。彼は、良いとも悪いとも取れる、リアルな場面でこの言葉を使った。「いつも自分に言い聞かせているんだけど、3連続バーディを取ればポジティブになるだろ」と、ハ―ス。「ところが3連続でボギーを叩くと、とてもポジティブにはなれない。(この不安定な気持ちの揺れを指して)どっちが先に来るかって話だよ」。
実際、今シーズン序盤、LAでのトーナメントで、3打差をつけて最終日を迎えたハースが「73」を叩いて3位で終わったことがあった。
しかし日曜日、タフなコースで知られるコングレッショナルCCで、ハースが同じミスを犯すことはなかった。
重圧のかかる最終日、5アンダーの「66」でラウンドしたハースは、2位のロベルト・カストロに3打差をつけ、AT&Tナショナルで優勝を飾った。
この勝利で、ハースはツアー通算5勝目を挙げた。フェデックスカップのランキングでもトップ10に急上昇した。そして何より、今週の勝利でハースは、わずか4人のみしか達成していない、4年連続のツアー優勝という偉業を成し遂げたのだ。
他には誰がいるかって? フィル・ミケルソン、ジャスティン・ローズ、そしてダスティン・ジョンソンの3名だ。
「何と表現したら良いのか、言葉が見つからないけど、最高の気分だね」と、ハ―ス。「感情の高まりをチェックしながらプレーしていたから、今日のラウンドは難しかったんだ」。
「僕はこれまで、大切な場面で何度もチョーク(委縮)して、悪いショットを散々打ってきたからね。今もナーバスになるし、今日だって緊張は感じていたけど、そんな中で質の高いショットを打ててスコアを出せたってことは、最高の気分だね」。
ハースが、自分の状態を客観視して語ることは、これまでほとんどなかった。
どんな場面でもショット前のルーティンを欠かさないこと。さらにバックを担ぐ兄の存在。不安な気持ちに打ち克つために、これらも大きな意味を持っていた。
「ハースは自分自身で上手く(感情を)コントロールできるようになったね。今も時々、ネガティブな方向に行ってしまうけどね」と語ったのは、父のジェイ。名ゴルファーとして名を馳せたジェイは、シニアプレイヤーズ選手権からの帰路、息子の優勝についてこうコメントをした。「彼はそのことに気付いたんだろう。だから余計に上手くいかないとイライラしていたのだと思う。時にはどうにもならない状況だってあるしね」。
「息子にこんなことを言ったんだ。怒りの感情をあらわにするのはOKだ。ただし、ネガティブになったり、自虐的になることは、違うぞってね」。
最終日のハースは、全てを持ち合わせていたかに映った。
ハースは日曜日のファイナルラウンドを6バーディ、1ボギーでまとめ、4日間全てでアンダーパーを記録した、唯一の選手となった。2年前にこの地で開催された全米オープンと比較しても、遜色ない高難度だったにも関わらず、素晴らしい記録で優勝した。
その時の優勝スコアは16アンダー。今週のハースは、さらに4打上回る素晴らしいスコアだった。
「今週の(息子の)勝ち方には、非常に誇らしい気持ちを覚えるね」と、ジェイ・ハ―ス。「後ろ向きな姿勢も、追いかける展開も、なかった。今までのベストラウンドだったんじゃないかな。優勝者らしいゴルフだったよ」。
百戦錬磨のパパは、何でも知っている。
ジェイはPGAツアー通算9勝、その他にチャンピオンズ選手権で16勝を挙げた名手だ。しかしながら、彼の息子が優勝トロフィーを高々と掲げた難コースで、果たして父は何度、優勝したのだろう。
息子のハースは、イーストレイク、リビエラ、そして今週はコングレッショナルで、優勝を遂げたのだ。
肘の故障のために大会を欠場し、優勝トロフィーを授与するホスト役に回ったタイガー・ウッズさえ、ハースのゴルフに感嘆していた。
「非常に難しい数々のホールで、ハースは自分のビジネスを的確にこなしていたね」。
その称賛には、最大の難所だった11番(パー4)のプレーも含まれる。
前日にトリプルボギーを叩いた嫌なイメージが残る中、ハースはティショットをフェアウェイにきれいに運んだ。5番アイアンの第2打でグリーンを捉えたハースは、パーをセーブした。彼は最終日の上がり11ホールを5アンダーで締めくくった。
「ここまでハースは苦しんで来たし、少ないチャンスをモノにできなかったこともあった。でも今や彼は、堂々たるプレーで多くのギャラリーに彼自身がトッププロであることを証明している。何と言ってもこんな素晴らしい大会で優勝したんだからね」と、ジェイ。
ハース家にはこの春、新しい命が誕生した。息子のウィリアムと過ごす時間は、ハースにとって父となった喜びそのものであり、息子の存在が全てをいい方向に導いているようだ。
また、名選手を父に持つことは、同じゴルファーとしては容易いことではない。ましてや父が、PGAツアーで9度の優勝を誇る実力者であればなおさらのことだ。
「ゴルフに限らず、多くの二世が父と同じビジネスを志す場合、“父は出来たのに、自分には出来ない”という場面に出くわすもの」と、ハース。「それは厳しい試練だし、多くの場合、複雑な感情がこじれてしまうから、物事が良化することはほとんどない。それらの邪念を吹き払うだけでなく、過去にどんな失敗をしたかさえ考えないようにしないとね」。
今回のハースは、いつもと違った。
ほんの一瞬ではあったが、ハースが8番でバーディを決める前まで、最大で6名の選手が最終日、首位タイに並んだことがあった。しかしハースは後ろを振り返ることなく、続く9番と10番でも連続バーディを決め、その後は最低でも2打差のリードを保ったままホールアウトした。
彼は、前に進むことしか考えていなかった。
ミケルソンやローズのように、ハースはこれまでメジャー大会での優勝経験がない。ジョンソンのような印象深いゴルフも出来ない。
そんなハースが、次なるステップに進むために必要なことは?
「今は十分に満足だけど、正直に言うと、一生懸命に練習して、結果を見て、もし次のレベルに行けるような場面が廻ってきたら、その時は喜んで受け入れようと思う」と、ハース。「僕はいま31歳で、まだまだ成長したいと願っている。素晴らしいプレイヤーは誰もが向上心を持っているからね。彼らはメンタル面もタフだし、クラブを振り回して相手を打ち負かすのではなく、マインド(心)で相手をやっつけるからね」。
それは、日曜日にハースがやってのけたようなプレーそのものだ。