2024年 ZOZOチャンピオンシップ

日本開催PGAツアーがもたらすもの 松山英樹が思う“ZOZO”の意義

2024/09/18 15:32
2021年大会を制した松山英樹。日本開催のPGAツアーで優勝トロフィーを掲げた

◇米国男子◇ZOZOチャンピオンシップ 事前情報◇アコーディア・ゴルフ習志野CC(千葉)

目の前に広がる、あの日の人の波を忘れたことはない。2019年10月24日、日本で史上初めて開催されたPGAツアー「ZOZOチャンピオンシップ」が大会初日を迎えた。午前9時半、ジョーダン・スピースアダム・スコット(オーストラリア)との同組ラウンド。スタートティに立った松山英樹は息をのんだ。

初開催となった2019年大会は3打差2位に終わったが、ギャラリーの熱狂に感動した

「スゴイな…って。自分にかかっていたプレッシャーも一瞬忘れて、見ている光景に本当に感動した。メジャーと変わらない雰囲気。それを日本で醸し出せるんだ…と思って」。千葉県のアコーディア・ゴルフ習志野CCに漂っていたのは、幾度となく戦ってきた4大メジャーの空気そのものだったという。

2014年にPGAツアーに本格参戦した松山は当時、秋になると米本土での大会以外にマレーシアでの「CIMBクラシック」、中国での「WGC HSBCチャンピオンズ」を戦った。2017年に韓国での「CJカップ」が加わり、他のトップ選手もアジアシリーズに登場。長年、複数の日系企業がツアー大会の冠スポンサーを務めてきた経緯もあって、「どうして日本では開催がないんだろうと思っていた」のも本音だった。

日本で記念すべき82勝目をあげたタイガー・ウッズ

2018年秋、その願いは現実になる。PGAツアーは翌年の「ZOZOチャンピオンシップ」開催を発表。ZOZOTOWN創業者の前澤友作氏の賛同を得て、史上初めて日本国内で最高峰のツアー大会を迎えた。「できないんじゃないかと思っていたこと、夢だったことが日本で実現する」。そう感激したのは、1983年に日本人選手として米国で初優勝した青木功だった。

現役でプレーする松山にとっても待望の試合。同時に、「オレが勝たなきゃいけない、PGAツアーで“バチバチ”でやっている姿を日本で見せたい。そういう責任感みたいな気持ちが強く湧いた」ゲームになった。初回大会を牽引したのはタイガー・ウッズ。同年4月の「マスターズ」で11年ぶりにメジャーを制覇(15勝目)した史上最高のゴルファーが2位の松山に3打差をつけて優勝した。サム・スニードに並ぶツアー最多の通算82勝目。ウッズの輝かしいキャリアの最後のタイトルは今も「ZOZOチャンピオンシップ」である。

3日目は無観客での開催となった

大団円に終わった2019年大会だが、振り返れば苦難の連続だった。記録的大雨の影響で2日目のプレーができず、来場者の安全を考慮して3日目を無観客で開催した。すべての選手が72ホールを終えたのが週明けの月曜日。国内ツアーでは日曜日に大会を終わらせるために競技を54ホール、36ホールと短縮させるようなケースだが、世界最高峰のツアーは違う。

「72ホールを完遂させるのがPGAツアー」と松山。大会スタッフによる徹夜覚悟のコースの復旧作業が行われた。「月曜日に自分がプレーしたのは(持ち越された)6ホールだけ(ウッズは7ホール)。そのためだけに、たくさん(2563人)のギャラリーが来てくれたことを覚えている。本当にすごいことだし、ゴルフのファンはやっぱり多いんだなと感じた」

来場者数は練習日を含めて5万4840人に上った。試合期間中は順延日、無観客日を挟んだにもかかわらず4万3777人を記録した。その年の国内男子ツアー単体で行われた試合の最多は「中日クラウンズ」2万8060人。直近の2023年もZOZOは3万2171人を集め、「三井住友VISA太平洋マスターズ」の2万3569人をしのいだ。

松山英樹は2021年大会で5打差圧勝

記念すべき第1回大会のタイトルを逃した松山は、2021年大会(第3回)に歓喜の瞬間を迎えた。終わってみれば2位には5打差をつける圧勝だったが、「(同年の)マスターズ勝った後、良い成績が出たり、出なかったりという一年。夏からは(東京)五輪でメダルを獲れず、調子は最悪と言える感じで試合に入っていた」

自らを奮い立たせてくれたのは、母国の大声援。22歳で海を渡り、コロナ禍もあって遠のいていた懐かしい声に背中を押された。「普段、米国では“ホーム”でプレーできることなんか、まず、ないから。やっぱり応援の力って本当に大きいんだなと感じました」。国内ツアーで2勝した2016年以来、実に5年ぶりに日本でトロフィーを掲げた。

ZOZOというゲームを日本で開催する意義について、松山は今も「PGAツアーを身近に感じられることは大きいこと」だと言う。賛同するスター選手は多い。アダム・スコット(オーストラリア)は「私はキャリアの多くの時間を日本で過ごしてきた。素晴らしい記憶と、素敵な人々の印象ばかりが残っている」と話す。

大会連覇を目指すコリン・モリカワ

日本人の祖父を持つリッキー・ファウラーは「ルーツのある日本でプレーする機会は本当にありがたい」と語った。コリン・モリカワにも日系の家族がいる。「シーズンのスケジュールが出たときに出場を予定する数少ない試合だ」と昨年の優勝タイトルを大いに喜んだ。

日本開催がもたらすものを享受するのは、松山や海外選手、ファンに限ったことではない。大会は例年、78人の出場枠のうち国内ツアーのトップ選手のために8枠(+推薦枠)を設けている。「日本人選手にもチャンスがある。もしも若手選手が勝てば、すぐにPGAツアーに出られる。メジャーにも挑戦できる。どんどん活躍の場を広げられる。そういう可能性を秘めているということが、すごく大事だと思うんです」(松山)

2019年大会で松山英樹のティショットを見る群衆には中島啓太の姿もあった(Getty Images)

松山がティショットを放つこちらの写真は、2019年大会のものだ。画像の中央、上段に当時アマチュアだった中島啓太が小さく映り込んでいる。

ギャラリーのひとりとして試合を観戦し、2年後の2021年に初出場。一緒に練習ラウンドをしたモリカワに「これが君のスタートラインだ。これから頑張って」と声をかけられた。そのまた2年後には日本ツアーで賞金王に輝き、今季はDPワールドツアー(欧州ツアー)に進出。松山と「パリ五輪」で日の丸を背負うなどステップを踏んでいる。

左から松山英樹、クリスチャン・ハーディ、クリス・リー

サウジアラビア系資金を背景にしたLIVゴルフの登場など、世界の男子ゴルフ界は今、過渡期にある。世界戦略を強化しているPGAツアーだが、アジアの大会はコロナ禍以降、ZOZOだけになった。

ツアーの国際部トップ、クリスチャン・ハーディ氏(インターナショナル社長)は「スケジュールの関係で1つになってしまったが、決してアジアへの思いが低下したわけではない。アジアのオフィスで働くスタッフの人数も増やしている」と熱弁する。裏を返せば、日本での開催ゲームには、今後のアジアゴルフのネットワークの中核としての期待を寄せる。

実力差が表現されやすいセッティングを目指す

ZOZOでは日本の伝統的なコースがツアーの基準にのっとって仕上げられている。ラフは長く、グリーンは硬く、速く。ピンポジションは戦略的に。視覚的なギャップをいくつもつくる。それでいて選手にとってフェアで、実力差が表現されやすいセッティングを目指す。

一方では「プロゴルフはエンターテインメントだ」という理念を崩さない。会場のアコーディア・ゴルフ習志野CCでは例年、左ドッグレッグの10番ホールのティを本来のティイングエリアではなく、後方のパッティンググリーンの上(一般営業時)に設定する。距離を長くとることで、選手は左サイドの林の向こうを狙えなくなる。多くの来場者に、ボールが地面に落下するシーンを観てほしいという配慮からだ。

ハーディ氏は日本人選手の世界進出の鍵について、「ひとつはこの大会でプレーすることだろう。世界最高峰のコンディションで、世界最高峰の選手とプレーすることが一番の経験になる」と自信を持って言った。

3年ぶりの大会制覇を目指す松山英樹。パリ五輪からの“凱旋”出場となる

今季、ルーキーイヤーでシードをほぼ手中に収めている久常涼は2022年大会で、次週の出場権獲得となるトップ10入りを逃して(12位)涙した。そして昨年、4位で終えた石川遼と6位に入った平田憲聖は見事、次戦のメキシコでの「ワールドワイドテクノロジー選手権」に参戦。まさにZOZOが世界への扉になった。

PGAツアーのアジア太平洋地域のトップであるクリス・リー氏は「ZOZOチャンピオンシップは若いスターたちに夢の実現のために必要な思考と経験を与える、重要な役割を果たしてきた」と話す。最高峰のツアーだからこそ提供できた価値がある。「今後さらに多くの日本人選手がツアーに参戦する可能性があり、目に見えた成果が出始めている。次世代ゴルファーに間違いなくインスピレーションを与え続けるでしょう。ツアーには長年、日本でトップレベルの競技を開催し、興奮を届ける責任があります」

3年ぶりの大会制覇を目指す松山は、「あのギャラリーの雰囲気を醸し出せるところって、アメリカでもメジャーを除けば、そうそうあるものではないんです。それに、観戦マナーの良さや、真剣にゴルフを観る応援の仕方なんかは日本ならではだと思う。だからこそ盛り上げたい気持ちが強い」と意気込む。アジアゴルフのハブ機能、国内のファンや選手にとってのゲートウェイとしての価値。日本でのツアー開催の意義は、“ただの1試合”にとどまらない。(編集部・桂川洋一)

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