深夜の“相棒”奪還作戦!優勝のベテラン奥田は感涙
「ハートがね。愛があるかないかですよ」。照れ笑いを隠す55歳の大ベテラン奥田靖己の目には、かすかに涙が光った。
千葉県の麻倉ゴルフ倶楽部で9、10日に開催された「ザ・レジェンド・チャリティプロアマトーナメント」。収益を病気の子どもや東日本大震災で被災した子どもらの支援に充てる大会で、奥田は出場2度目で初優勝を飾った。
キャディバッグがない!?――。 事件が起きたのは開幕前日だった。8日の前夜祭を終え、ホテルに戻った奥田の携帯電話が鳴ったのは午後9時半を回ったころ。声の主はともに大会に出場する渡辺司で「お前、キャディバッグを返送したのか?宅配トラックに載せられているのを見た人がいるんだけど・・・」。
寝耳に水の奥田は慌てて、宅配業者、ゴルフ場に確認を取った。だが、突きつけられたのは、キャディバッグがすでに住まいのある大阪に向かっていたという事実だった。
確かにキャディバッグには宅配伝票を付けていた。でもそれは、試合が終わってからの返送用。「誰かが気を利かせたつもりで、(8日)集荷のキャディバッグと一緒にされてしまったのかもしれない」。
一方で、起こってしまったことは仕方ない…。半ば自分のキャディバッグを取り戻すことをあきらめ、ゴルフ場にある試打クラブを使うか、メーカーのスタッフにクラブを借りるかどうか悩んでいた。
その裏では、もう一人悩む姿があった。トーナメント開催コースの麻倉ゴルフ倶楽部支配人の稲田康男さんだ。宅配便の手配ミスと分かり、業者に確認したが、大阪に向かった荷物は引き返せない状況だった。
「プロのキャディバッグがない…。どうしようかと迷いましたが、取りに行くしかないと思い、車で出発しました」
一大決意した稲田さんは、午後10時半に車に飛び乗り大阪へと疾走した。約500km、高速道路を利用しても片道6時間はかかる距離だ。
翌日の午前4時ごろ、大阪市住之江区にある業者の集配センターに到着。仕分けの場所で奥田のバッグを見つけると自分で抱え、伊丹空港から羽田行きの始発便に飛び乗った。乗ってきた車は大阪に置いたままだ。
「正直(午前)10時10分のスタートに間に合うかどうかは不安でした」。稲田さんはそう語ったが、奥田が必ず試合の日に練習を開始するティアップ“40分前”の午前9時半にゴルフ場に到着し、奥田の元へと渡った。
奥田は「支配人が自動車で取りにいってくれているなんて知らなかったので、感動して涙が出そうでしたよ。なんでもいいからクラブがあればいいやと思っていたのに、こんなに大事に思ってくれたことがうれしかった」と穏やかな口調ながらも、声を震わせた。
記者会見の後、奥田は稲田さんに優勝の報告をするため足を運んだ。そこには“キャディバッグ奪還”に携わった従業員が勢ぞろい。
稲田さんは「こちらの不手際でご心配とご迷惑をお掛けしてしまって。だからなんとしても奥田さんに頑張ってもらいたかった」。続くように女性従業員から「こっそりみんなで応援していたんです」と声を掛けられると、奥田は「やめてよ、みんなもう。泣いちゃうから」と照れながら目を潤ませた。
プロにとって、なにものにも代えがたい相棒を取り戻してくれた支配人と、その想いに応えた奥田。「こんなことはなかなかないですから。こんなハプニングなら、起こって良かったかな」。熱戦の裏で起きたハートウォーミングな話題にほんわかした。(千葉県佐倉市/糸井順子)
■ 糸井順子(いといじゅんこ) プロフィール
某自動車メーカーに勤務後、GDOに入社。ニュースグループで約7年間、全国を飛びまわったのち、現在は社内で月金OLを謳歌中。趣味は茶道、華道、料理、ヨガ。特技は巻き髪。チャームポイントは片えくぼ。今年のモットーは、『おしとやかに、丁寧に』。