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<選手名鑑201>ジェイミー・ラブマーク

長身ハンサム、名前もラブマークと愛らしく 長身ハンサム、名前もラブマークと愛らしく・・・(Marianna Massey/Getty Images)

■ ライバルのファウラー、ジョンソンらを遂にキャッチ!

今季は28試合で初優勝者がすでに11人、過去20年で最多のペースで誕生している。次の有力候補として期待大なのはジェイミー・ラブマーク(29)だ。今季は昨年11月のRSMクラシックで9位となり、初のトップ10フィニッシュを飾った。年明けすぐのソニーオープンinハワイで7位。米国本土に移った翌週のキャリアビルダーチャレンジ クリントンファウンデーションで6位タイ、3月にはアーノルド・パーマー招待では6位タイに入った。5月のチューリッヒクラシックでは、プレーオフでブライアン・スチュアードに敗れて惜しくも2位タイと、リーダーボードに度々登場している。学生時代は同じ歳のリッキー・ファウラー、同年代のダスティン・ジョンソンビリー・ホーシェルらをしのぐ活躍で最も期待された選手だった。しかし負傷に苦しみ、プロ7年目にして遂に彼らの背中に最接近、遅れを一気に挽回する勢いだ。

■ ラブマーク&ファウラー いきなりの優勝争い

ラブマークは2009年のプロ転向直後から優勝争いに加わる活躍を見せた。同年11月、プロ転向4試合目のフライズドットコムオープンで、トロイ・マッテソンリッキー・ファウラーとの三つ巴のプレーオフへ進出した。2ホール目でマッテソンにバーディを奪われ、2位に甘んじたが、ラブマークとファウラーという若い2人のスリリングなプレーにファンは釘づけとなった。

ラブマークは南カリフォルニア大学出身。ファウラーはオクラホマ州立大学の出身。2人はカレッジゴルフ界のスーパースターで、世界アマチュアランク1位を争うライバルだった。2人は賞金シードを逃したが、ファウラーはQTを突破して翌年からPGAツアー参戦。一方のラブマークは、翌年のウェブドットコムツアーで1勝、2位3回などの大活躍で賞金王を戴冠。年間最優秀選手にも選ばれ、11年からPGAツアーに昇格した。

■ バイブルはジャック・ニクラスのレッスン書

1988年1月23日、カリフォルニア州サンディエゴ郊外ランチョ・サンタフェで生まれた。父ゲーリーは190cmを超える長身で、そのDNAなのか、ジェイミーも190cmを超える長身だ。海の近くで育ち、幼い頃から父の手ほどきでビーチバレー、釣り、サーフィンなど、様々なスポーツに親しんできた。その中で最もフィットしたのはゴルフ。フィールドをSurfからTurfへ移行した。

スイングはインストラクターに指導を受けず独学で身につけた。バイブルは「ジャック・二クラスのレッスン書」。彼のアップライトなスイングは、若き日のニクラスを彷彿させる。二クラスの持論のひとつ「ゲームの80%はポスチャーとアラインメント」と言う通り、それらとテンポを大切に、猛練習を重ねて自身のゴルフを築き上げた。サンディエゴのトーレパインズ高校時代に、南カリフォルニア大学ゴルフ部からオファーがあり同大学に進学した。大学の運動部は“トロージャンズ”の愛称で知られ、ゴルフ部もカリフォルニア州の強豪校だった。出身選手は77年にPGAツアー史上初の『59』を記録したアル・ガイバーガー、全米プロ選手権2勝で、昨今はロリー・マキロイらショートゲームのコーチとして活躍中のデーブ・ストックトン、82年マスターズ優勝のクレイグ・スタドラー、87年全米オープン優勝のスコット・シンプソンと、メジャー勝者がズラリと並ぶ。ラブマークは後継者として期待され、大学のコーチは「コンプリート・パッケージ!距離もありアイアンショットも鋭くショートゲームもエクセレント!」と絶賛したほどだ。ラブマークのブレイクを確信し、その日を心待ちにしている。

フィル・ミケルソンの秘蔵っ子

フィル・ミケルソンとは生まれ育った場所が近く、ホームコースも同じで憧れの選手だった。高校時代から助言を受け、現在も師弟のような関係が続いている。ミケルソンは高校生の頃からラブマークの才能にぞっこんで「将来“ツアーの顔”のひとりとなる活躍をするだろう」と言っていた。高校時代は2004年、05年にジュニアのオールアメリカンに2年連続で選出。大学時代は07年に全米大学選手権で個人優勝し、ゴルフ雑誌の表紙を飾った。“Surf & Turf”の彼の個性を表現しようと、愛用のサーフボードの上に立ち、アイアンを手にチップショットしながらビッグスマイルを見せる姿を掲載。セミブロンドの長身ハンサム、名前もラブマークと愛らしく、スター性にも溢れていた。

07年は彼にとってアマ時代で最高のシーズンだった。ウェブドットコムツアーのチャリティー・ショーダウンでも優勝争いを繰り広げ、プレーオフでクリス・ライリーに敗れたものの、実力はプロと互角に勝負できるレベルであることを示した。世界アマチュアランクで念願の1位、同年アマチュア最高賞アーノルド・パーマー・アワード、ジャック・ニクラス・アワード、フィル・ミケルソン・アワードの3賞を授賞。ミケルソンの予想通り、次世代を担う選手として文句なしの活躍を見せたのだった。

タイガー・ウッズを完全フォロー!? 全米最優秀選手、ヘルニア手術、コーチ変遷

ウェブドットコムツアー賞金王というタイトルをひっさげ、2011年にPGAツアーに初参戦を果たした。ライバルのファウラーより遅いブレークとなった理由は、予期せぬ重度の腰痛発症だった。最初に痛みを感じたのは2月のAT&Tペブルビーチナショナルプロアマで、無理を押してプレーして何とか18ホールを終えたが、屈辱の『81』と大叩きした。その後も棄権を強いられるなど改善は見られず、3週間治療に専念することを決めた。3月のホンダクラシックから復帰したものの、今度は激痛が走った。翌4月のヒューストンオープン前日の水曜に行われたプロアマで、再びフルスイングが出来ない状態に至ってしまった。ホールアウト後に治療と休養で初日に備えたが、前傾ができなくなりセットアップも困難に。初日『80』で終えたのちに棄権。当時22歳、これからという時のまさかの事態に心身は悲鳴をあげた。

4カ月間の治療も効果なく、トーナメントに戻ることは叶わなかった。8月にタイガー・ウッズと同じくヘルニア除去手術を決断。そこからさらに約5カ月間のリハビリを終え、翌12年1月のヒュマナチャレンジ クリントンファウンデーションから復帰した。だが腰痛の恐怖なくプレーができるまでには数年を要した。12年はシード権をとれず、結局、昨年までウェブドットコムツアーとの往復を繰り返し、昨年同ツアーの賞金ランク12位で今季PGAツアーのシード権を再び獲得した。

ラブマークは肉体の激変に戸惑い、遂にコーチにつくことを決断。2010年からショーン・フォーリー、14年からクリス・コモに助言を求めた。同じヘルニア手術から復帰を目指すウッズが選んだコーチ陣そのもの。彼らなら必ず状況を理解してサポートしてくれるはず、と藁をもすがる思いで門を叩いた。その効果で今季は「不安なくプレーが出来るようになった」と手応えを感じ始めている。5月2週の段階では世界ランク77位、ポイントランクで20位となり、メジャー大会や世界選手権出場など活躍の場が広がり始め、いよいよポテンシャル全開の日が近づいている。

佐渡充高(さどみつたか)
ゴルフジャーナリスト。1957年生まれ。上智大学卒。大学時代はゴルフ部に所属しキャプテンを務める。3、4年生の時に太平洋クラブマスターズで当時4年連続賞金王に輝いたトム・ワトソンのキャディーを務める。東京中日スポーツ新聞社を経て85年に渡米、ニューヨークを拠点に世界のゴルフを取材。米国ゴルフ記者協会会員、ゴルフマガジン「世界トップ100コース」選考委員会国際評議委員。元世界ゴルフ殿堂選考委員。91年からNHK米ゴルフツアー放送ゴルフ解説者。現在は日本を拠点に世界のゴルフを取材、講演などに飛び回る。

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