「覚悟を決めて準備した」 アマ世界1位・中島啓太が初のマスターズへ/単独インタビュー
◇メジャー第1戦◇マスターズ 事前情報◇オーガスタナショナルGC(ジョージア州)◇7510yd(パー72)
「本当に、ボールが空からピンの根元に降ってきたんです」――。世界アマチュアゴルフランキング男子1位の中島啓太(日体大4年)は3カ月前、ホノルルで目にした光景を忘れていない。「ソニーオープンinハワイ」最終日、自身のプレーを終えた後、向かったのはつい先ほど回ったばかりの後半9ホール。優勝争いを演じる最終組、松山英樹のプレーに目を凝らした。
「バックナインをロープ内で見ることができました。最後のスーパーショットも間近で見せてもらえた」。プレーオフを制するイーグルを生んだ3Wでの第2打。その軌道、場内の大歓声に胸を打たれた。「2020年の『ZOZOチャンピオンシップ』、それに16年の『日本オープン』でも優勝。僕が出た試合での松山さんの勝率は100%です」(笑)。
中島が松山と初めて顔を合わせたのは、その16年当時である。クラブメーカーにアレンジされた、憧れのアダム・スコット(オーストラリア)との事前の練習ラウンドに偶然、松山らが加わった。「高校1年生だったので、緊張しかしていなかった。すごい方々とゴルフをできているという感じで」
あれから5年半。松山がディフェンディングチャンピオンとしてマスターズに臨む年に、21歳は初めてオーガスタナショナルGCの地を踏むことになる。
◆体づくりとスイングチェンジ
マスク越しのクールな顔立ちの眉間にしわが寄る。3月のある日、中島は都内のトレーニングスタジオで汗を流していた。海外遠征のたびに隔離生活を強いられたコロナ禍はようやく出口の光が見えかけているようでありながら、今年2月も宮崎で予定されていたナショナルチームの合宿はまん延防止等重点措置のため中止に。ヘッドコーチのガレス・ジョーンズ氏とはオンラインでのやり取りを通じて自主練習を重ねてきた。
「2月にはしっかり身体をつくること、まず大きくするトレーニングをしてきました。体重は75kgと76kgとを行き来している状態。徐脂肪量も64kgから65kg。結構良いペースで来ていると思う」
ちょうど1年前、マスターズはまだ夢の舞台だった。国内ツアー「東建ホームメイトカップ」に出場するため、三重県の開催コースのロッジに寝泊まりしていたのが昨年4月。日本男子初のメジャーチャンピオンの誕生の瞬間はひとりテレビで眺めた。「最終18番のフェアウェイを上がっていくときに、本当に何を考えているんだろうと気になっていた。アダム・スコットさんが優勝したとき(2013年)が印象に残っていて、当時もオーストラリア人選手として初の快挙だった。やっぱり、誰も成し遂げていないことを達成するというのは、誰の記憶にも残る歴史的なこと。感動したのを強く覚えている」
抱いた思いも胸に、中島は昨年大きく飛躍した。「日本アマチュア選手権」、プロツアー「パナソニックオープン」で優勝。一番の目標に掲げていた「アジアパシフィックアマチュア選手権」も宣言通り制した。“シルバーコレクター”と揶揄(やゆ)された面影はもうない。
12月、海の向こうからの便りはマスターズへの招待状。「ちょうど僕がいないときに自宅に届いて、家族から『来たよ』と連絡があった。部屋の机に置かれていたんですけど、実は先に(家族に)開けられていて(笑)。でも、そこで実感が湧いたような気がします」。ただ、その一枚には頭に描いていたオーガスタへの憧れを揺るがすほどのパワーもあった。「マスターズはずっと、見る楽しみがある大会だった。でも、自分がいざプレーするとなったら、見え方が変わってきた。怖いというか…そういう気持ちが強いです。ちゃんと準備しないといけない。覚悟を決めてやらないといけない」
このオフの間、パワーアップと並行して新たなスイングチェンジを行ってきた。「毎年、体の故障が続いていたので、スイングをどこかで変えたい気持ちがあった。ジョーンズさん、栖原弘和トレーナーと身体をつくりながら、安定感があり、故障しにくく、生涯にわたってプレーができるスイングにしたい。これまでは良い状態のときは本当に良くても、悪いときに無理をして体もダメにしてしまうことがあったんです」と、すでに世界的に高く評価されているスイングにもメスを入れてきた。
マスターズ期間中のサポート体制も準備万全だ。キャディにはナショナルチームでショートゲームのコーチを務めるクレイグ・ビショップ氏を起用する。「クレイグさんにはマスターズの経験がある。アジアパシフィックアマで優勝して(2017年)マスターズに出たカーティス・ラック(オーストラリア)のコーチとしてオーガスタに行かれたので」
出場アマチュアは大会期間中、クロウズネスト(カラスの巣)というクラブハウス内の屋根裏部屋に宿泊できるという伝統がある。日本勢ではかねて敬愛する金谷拓実が19年に体験したが、中島は「そういう文化も大事だし、楽しそうだと思うんですけど、全てをかけて、全てを出し切りたい試合。パフォーマンスを優先してチームと行動して、集中して試合に臨みたい」と違うスタイルで臨むつもりでいる。
◆妄想プラクティス
シミュレーションスタジオでショットを打ち込む間、モニター越しのジョーンズ氏はオンラインで中島のスイングに目を凝らしていた。ふとしたとき、2人の会話はオーガスタナショナルGCの攻略ルートに飛んだ。どのホールで1W、3Wを握るか。持ち球のフェードか、それともドローで攻めるか…。つくづく用意周到という印象だ。
ナショナルチームにジョーンズ氏が注入した「準備」の大切さ。金谷がプロ転向した今、中島はそれを実践する象徴的な存在である。教えを受けて、醸成してきた信念は“ゴルフが何たるか”を説くようなもの。「ゴルフって、調子とスコアは比例しないと思っているんです。調子が悪くても、準備ができていれば結果につながる。最後まであきらめないために準備をする。準備ができていれば、戦えるんじゃないかと感じられる」
準備とは試合前の徹底したコースチェックをはじめとした情報武装だけではない。スイング、肉体の管理。中島のアプローチはそして、内面にも及ぶ。「2018年くらいから(試合中の)自分の集中力を高めたり、興奮度を上げたり、ゾーンに近い状態をつくったりするために、ナショナルチームのメンタルの先生に相談して取り組んできた。それと近い感覚に入れたのが去年のアジアパシフィックアマだった」
ジョーンズ氏が使うフレーズのひとつが「ディープ・プラクティス」というものだ。いかに深い練習ができるか――。中島には普段、市街の練習場に持ち込むものがある。「苦手だった試合のヤーデージブック、コースのメモを見ながら、(試合中の)ホールを妄想するんです。ピンの位置、風向き。弾道もフェード、ストレート、ストレートに近いフェード、ドロー…。そうイメージを持って練習する。最近、持っていくのはソニーオープンのメモですね」。練習と本番とのギャップを限りなく小さく。万人に等しく与えられた時間を、いかに効率的に使うかという点につながるようにも思えるのだ。
◆地に足を着けるために
マスターズに向かう下準備と並行して、21歳はこの秋のプロ転向への身支度も整えている。規則の改定により、今年からアマチュア選手も企業や個人とのスポンサー契約を結べるようになった。獲得競争が本格化する中、米国の「エクセルスポーツマネジメント」とマネジメント契約を締結。タイガー・ウッズらを抱える有力エージェント会社のサポートを受ける。
「あれだけの会社が声をかけてくれたのは光栄。もっと自分も頑張らないといけないというモチベーションになる。(大物代理人の)マーク・スタインバーグからも『タイガーにも話しておいたよ』と言われ、(同社契約の)マット・クーチャーにも会えました」
加速度的に変わる周囲の視線。自分の意思とは違うところで、大人たちの思惑が交差し、激流に飲み込まれそうになることもあるかもしれない。だが、中島には譲れないものがある。「環境が変わって、契約だ、なんだ…と言われるんですけど、そこに対する自分の気持ちは持っている。もちろん、契約ごとにはお金が発生します。でもどんなことがあっても、バーディを獲ったり、良いショットを打ったり、大会で勝ったりする喜びには勝てないと心に決めている。その気持ちを忘れなければ、地に足が着いている感じがする」
まだ短いキャリアで胸を張れることは結果や数字ではないという。「やっぱりゴルフが楽しくて、好きだいうこと。それは絶対に言える」
◆全てを出し切りたい
日本ツアーで賞金王の座に2度就いたキム・キョンテ(韓国)を参考にして目指してきた、終始冷静なプレーぶり。サングラスをまとう表情は、コロナ禍のマスクも相まっていっそう読み取りにくくなった。ただ、“仮面”を外したときの素顔がおよそ淡泊でないことは多くのゴルフファンが知っている。負けて泣き、負けて泣き、勝っても涙を流してきた。
「うれし涙より、悔し涙のほうが圧倒的に多いです」。だがそれが、キャリアにおける挫折かと言えば「それはないです。ないと思えます」とはっきり言った。
「挫折というのが、どういうものか分からないですけど、僕にはどんなときも支えてくれる仲間が誰かしらいた。ジョーンズさんをはじめ、みんながサポートしてくれて、ポジティブでいられた。(試合前は)いつもビビりまくってます、僕は(笑)。最近は試合からホテルに帰ってきたら、ホントに解放される感じがする。毎日、メンタルブレークしています。ソニーのときも本当にそうでした。でも、そんなときも日本の人と電話をしたりして」
初めて臨むメジャー。切磋琢磨してきた金谷と一緒にオーガスタの芝を踏めることも心の底から喜ばしい。「結果的な目標は決めていないですし、たぶんない。自分を支えてくれている人がたくさんいる。全てを、みんなを信頼して全部を出し切るような終わり方ができればいいと思います」。覚悟は、決まっている。(編集部・桂川洋一)