3分12秒後に見つかったボール 観客の携帯を壊したボール…/実況アナ点描
シーズンのメジャー最終戦となった「全英オープン」は今年、北アイルランドのロイヤルポートラッシュGCで開催。普段は米ゴルフチャンネルで欧州ツアーをメーンに実況する小松直行氏は今週、ゴルフネットワークで連日ゲスト解説を務める。米国に拠点を置くゴルフアナリストが日々の熱戦の風景を切り取る。
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68年ぶりに北アイルランドのポートラッシュで開催される「全英オープン」が始まった。ダレン・クラークは北アイルランド中部ダンガノンで生まれ、前妻の故ヘザーさんと結婚したときにヘザーさんの出身地ポートラッシュに住んだ。ロンドンを経てヘザーさんを癌で亡くし、再びポートラッシュに戻った。その翌年、43歳になる夏に全英オープンを制覇した。
クラークは生まれながらのコンペティターだ。今大会3週間前、第1組で最初のティショットを放つのはどうかと打診を受けて一も二もなく受諾。朝6時35分に見事なドライバーショットをフェアウェイに放って1番をバーディ。3番と5番でも獲った。さぞや晴れがましい気持ちだったことだろう。
そのクラークよりも1年早くメジャー勝者となったグレーム・マクドウェルは、生まれも育ちもポートラッシュ。まさにこの全英オープンは一世一代の晴れ舞台だが、出場できたのは先月の「RBCカナディアンオープン」の最終ホールで9メートルのパーパットをねじ込んだからだ。
さて初日は14番で3アンダーにしながらボギーが来て、18番は右ラフへ打ち込んだ球を3分12秒後に見つけたが、今年から球の捜索は3分間に制限されたからロストボールとなった。トリプルボギーで上がった後、キャディバッグを蹴り上げていた。その気持ちはよく分かる。
そして、ああ、ロリー・マキロイ。ポートラッシュから90キロほど南のハリウッドという町で生まれ、「世界中でプレーするようになったいま、ロイヤルポートラッシュのすばらしさが分かる」と言っていたマキロイ。初日の1番のティショットをOB、2球目は観客の携帯画面を粉砕してダブルパー8のスタートで「79」とは…。
■ 英国かアイルランドか
北アイルランドは福島県と同じくらいの面積と人口(180万人)の地域。英国に属するが、アイルランド島にある。25年に及んだ流血の紛争の真っただ中で若き日々を過ごしたクラークは、バーテンダーのアルバイトをしていた時に近くで爆弾テロがあって、運よく巻き込まれないで済んだという経験がある。
スポーツ界ではアイルランドと一体なのが習わしだが、当人が「国籍」を選択できる。政治的な立場を強調するアスリートは少なく、Gマックは問われれば「国の境のフェンスの上に座っているんだ」とはぐらかす。
マキロイは、1998年の和平協定によって紛争が一応の終結を迎えた中で育った。東京五輪にアイルランド代表として出場すると決めたことを今大会の開幕前日に問われ、「スポーツにはすばらしい力があって、人々を一体にしてくれる。この国にはそれが必要だってみんな思っている。全英オープンがこの国に戻ったことの最大のインパクトはそれなんだと思う」と言っていた。
我々もそんなに初心(うぶ)じゃない。あのいきなりのティショットのOBは、誰かに脅迫されたのかなどと余計な勘繰りさえしてしまうが、ゴルフは英雄的ストーリーを生む一方、たいていは気まぐれで残酷なのをよく知っている。一つだけ言えるのは、クラークもGマックもマキロイも、ゴルフと同じ次元で出身地の北アイルランドを愛しているに違いないことだろう。彼らがいて実現した今回の「全英」は、だから彼らがすでにチャンピオンだ。
小松直行(こまつ・なおゆき)
1960年横浜市生まれ。筑波大体育専門学群卒、東京大大学院教育学研究科博士課程中退。教職、マスコミを経て、スポーツ科学全般を学んだ背景からゴルフに入れ込み、90年代からトーナメント中継に関わる。2002年に渡米し、現在は米ゴルフチャンネルで欧州ツアーを中心に年間約40試合の実況をしている。フロリダ州オーランド在住。