「スプリング・センセーション」Ocala National Forest, Florida
「泉」という言葉には、無から有を生み出す不思議な神聖さが宿っている。フロリダ帯水層という地下水脈を持つフロリダ州には、実に700以上の泉(湧泉)があるという。その中でも一級に分類される、湧出量の特に多い泉は33カ所。地図を眺めていると、ジャクソンビルからタンパへと向かう途中、その1つであるアクレサンダースプリングを経由できることを発見した。
(これは取材で世界を旅するゴルフ記者の道中記である)
出張には水着を持参するのが常である。なにより海があったら(入れる時期なら)入りたいし、チャンスがあればプールでも泳ぎたい。調べてみると、その湧水は年中一定の水温(華氏72度=摂氏22度)で、ベストシーズンは春だという。3月中旬のフロリダは、太陽はまぶしいが、ときに冷たい風も吹く。泳げるかは微妙だったが、自然を楽しめることは間違いないと思ったので、とにかく行ってみることにした。
カーナビにしたがってハイウェイを降りると、道はどんどん細くなった。周囲に緑が多くなり、牛や馬がのんびり草を食んでいる。ほどなくして駐車場に着くと、入り口に管理小屋があって料金は6ドルだった。窓口の白髪女性に10ドル紙幣を渡すと、ゆっくりと4まで数えて1ドル紙幣を5枚くれた。古い紙幣だったので数えにくかったのだろう。「多いよ」と1枚返すと、驚いたような顔をした。
駐車場のそばにカヌー置き場と更衣室付きのトイレがあった。そこで短パンの下を水着に替え、木立の中を進んでいくとすぐに緑色の水面が目に入った。岸にはベンチがあり、先客の家族連れやカップルがいる。砂の上にビーチタオルを敷いて日光浴をしている二人組の女性もいた。
その泉は幅40m、奥行き30mほどの広さで、周囲を森に覆われていた。水は透明で白砂の水底にところどころ水草が混じっている。水際で子どもたちが遊んでいた。水に足を入れてみると、そこまでは冷たくない。“これはいけるかな?”と思ったが、大人は誰も泳いでいなかった。少し周囲の目が気になったが、躊躇していては始まらない。ええい、ままよ!と服を脱ぎ、競泳水着にゴーグル姿という泳ぐ気満々な格好で、泉の中へと入っていった。
潜ってみてびっくりした。透明度は20m以上あるだろう。無色透明に見えた水が、水中で水平方向を眺めると濃い青色だった。一瞬でテンションがアップした。膝くらいから少しずつ深くなり、一番奥は2mほどの深さがある。まさに自然のプールだった。気持ちよく泳いでいると、右奥の水底に直径10mほどの大きな穴が開いていた。深さも7~8mはあるだろう。透明なので水底までよく見える。ちょっと怖かったがその上を横切ってみると、空中に浮いているような爽快感と不安感を味わった。
ふと気づくと、岸にいた二人組が近くまで泳いできていた。人の気配に俄然心強くなって、深くまで潜ってみた。岩陰には小さな魚たちも泳いでいる。水底から見上げると、真っ青な水に淡い光が差し込んで、彼女たちの身体をキラキラと幻想的に包んでいた。恐怖感の共有という、ある種の吊り橋効果もあるのだろうか?その光景は、いまも記憶の中でこんこんと美化され続けている…。(編集部・今岡涼太)