世界OB紀行

「黒い宝石」 Jeddah, Saudi Arabia

2018/07/25 10:30
日本とは別世界。だけど生きているのは同じ人間

世界には容易に足を踏み入れられない場所がある。日本人にとって中東・サウジアラビアはそんな国の1つ。ようやく緩和に動き出したが、いまだに観光ビザが発給されず、入国するには商用、巡礼といった特別なビザが必要となる。今年4月、同国に新しくできたゴルフ場のオープニングイベントの取材話が舞い込んだ。渡りに舟ではあったのだが、渡航に際して身の危険を感じなかったかといえば、やっぱりそれはウソになる。

(これは取材で世界を旅するゴルフ記者の道中記である)

日本人にとって馴染みの薄いイスラム教とアラビア文字。アラビア半島最大の国土を誇るサウジアラビアには、 “女子高生のメッカ”でも、“バス釣りのメッカ”でもない本物のイスラム教の聖地メッカがある。当然、周辺国と比べてもイスラム教の戒律が厳格に守られていて、飲酒や酒類の持ち込みは法律違反。中東に詳しい知人にリサーチすると、「エレベーターで女性と二人きりになっただけで逮捕される」と脅された。婚前交渉禁止どころの話ではない。街中で勝手に写真を撮るのもダメだと言われた。

あまりに文化が違うので、気づかずにタブーを犯してしまうリスクがある。当地でいまでも実施されている鞭打ち刑は、皮膚の下の肉が切れ、直後よりも数週間後の方が痛いという。今回ばかりは借りてきた猫のように、行動も慎重にならざるを得ないようだ。

ゴルフ場は紅海沿岸の都市ジェッダから車で1時間半ほど北に行った、新興開発都市の中にあった。荒涼とした広大な土地が区画され、ところどころに巨大建造物がそびえている。到着翌日、宿泊したホテルでカクテルパーティが催された。「なんだ、お酒が飲めるのか?」と思ったが、そう甘くはない。「カクテル(Cocktail)じゃなくて、モクテル(Mocktail)よ」とイギリスからきたPR担当の金髪美女が目配せした。ノンアルコールカクテルを意味する“モクテル”という言葉は初耳だった。

サウジアラビアのテレビでは、1日中聖地メッカのライブ映像を流しているチャンネルがある

ホテルやゴルフ場には現地人も大勢いた。アバヤと呼ばれる黒いローブで全身を覆い、頭はヒジャブ、顔はニカーブで隠した女性たち。男性は白い民族衣装で、頭に白か赤のスカーフを載せている。最初は用心して、エレベーターで現地女性と一緒になりそうだと、待って、次のものに乗ったりした。だが、向こうはこちらのエレベーターにお構いなしで乗ってきて、仲間と陽気に話したり、チラチラこっちを見たりする。ときおり、わずかな布の隙間からこぼれる瞳は、黒く大きく、引き込まれるような強さがあった。

あるとき、タクシーから車外にたたずむ黒ずくめの女性たちを眺めていると、それに気づいたエジプト人運転手がぽつりと言った。「この国の女性たちは本当に美しい。我々の国の女性は欧米人と変わらない格好だし、みんなボーイフレンドがいる…」。近隣国の人たちから見るとそういう風に映るのかと、ふと目を開かせるような言葉だった。

今年6月、ようやく女性に運転免許が発給されるようになったが、それまでサウジアラビアは世界で唯一女性が車を運転できない国だった。どれだけ抑圧されているのだろう?と勘ぐっていた。だが、パーティで同じテーブルになったときなど、女性たちは雄弁に自分の意見を語っていた。きらびやかに外見を飾ることが不要なら、そのエネルギーは必然的に内面へと向かうのだろう。

写真を撮るのも遠慮しながら…。

帰国時には、隣国アラブ首長国連邦(UAE)のアブダビを経由した。ここではお酒も飲めるし、女性たちは派手な服装で深夜まで遊んでいる。そんな解放感も好きだったけど、結局それらは一時の快楽や表面的なことに過ぎないのだ。サウジアラビアで吸った空気が、そんな考えに強い現実味を与えていた。(GDO編集部/今岡涼太)