「新生」片山晋呉を支える“鷹の寿命”の話
勝利の味はこれまでの28回とは少し違った。静岡県の太平洋クラブ御殿場コースで行われた国内男子ツアー「三井住友VISA太平洋マスターズ」最終日は、濃霧のため最終ラウンドがキャンセルとなり、前日までの54ホールの結果で決着。片山晋呉が通算14アンダーで今季初勝利、ツアー通算29勝目を飾った。
視界の悪いスタート前のドライビングレンジで、中止の決定を耳にした片山。「今までにはない気持ち。複雑さもあった」としながらも、「3日間でボギーもひとつだけだった。ゲーム内容は完璧だった」と胸を張った。賞金加算は規定により75%に減額(3000万円から2250万円)され、生涯獲得賞金は約93万円が節目の20億円には届かず「まあ、そこも僕らしいでしょう」と笑った。
2008年に永久シード獲得、09年「マスターズ」で4位に入ったあと、“燃え尽き症候群”に陥った期間を経て、13年からこれで3年連続勝利。片山はそれを「復活」と表現されるのを嫌い「新生」という。体力的な衰えがあっても「昔よりも今の方がゴルフがうまくなっている」と“生まれ変わり”を強調する。
自宅に帰る際、近所の本屋に立ち寄るのが日課だ。購入した雑誌や書籍を読み込み、スマートフォンには気になったページを撮影した写真が詰まっている。今週月曜日、目にした文章があった。鳥類で最強といわれる鷹に関する記述だった。
鷹の寿命はほとんどが40歳程度だが、約20%は70歳程度まで生きるという。だが、その長く生きる鷹は、40歳頃に衰えた肉体を自ら壊す。加齢で垂れたくちばしを岩で叩き割り、爪を一枚ずつ剥いで、羽も抜く。およそ半年にわたる再生期間を経て、新しい体で大空に羽ばたいていく。「これだな、と思った。そうしなければ鷹は40歳で死んでしまう。僕も変化を恐れずに、毎日グリップやクラブを替えてみたり、日々新しいことに取り組むのはそういうことと似ていると思えた」
くちばしも爪も、羽も生え変わった片山は、ゴルフへの情熱がいっそう膨らむようになった。惜敗した10月の「ブリヂストンオープン」。最終日に悶々としながら愛車をひとり運転して自宅に帰ったが、駐車場で踵を返してトレーニングジムに向かい汗を流した。
40代に入り、勝利へのモチベーションは以前と少し違う。「若い頃はとにかく自分のためにやるのが当たり前だった。でも年を重ねて、自分が大会(開催)に関わるようになって、周りの人々の大切さの感じ方が変わった」。ここ2年はツアー外競技「片山晋呉インビテーショナル ネスレ日本マッチプレー選手権 レクサス杯」でホスト役を務め、周囲のサポートのありがたみを肌で感じるようになった。
今週起用した乾芽衣(いぬい・めい)キャディは、昨季途中までデビッド・オーのバッグを担いでいたが、シーズン途中に解雇。オーが初優勝を遂げたこの前年大会の直前のことだった。「彼女にとっても嬉しかったんじゃないかな」と片山。相棒のうれし涙を、喜ぶばかりだった。
シーズン3試合を残したところで、年始に掲げた目標が再び現実味を帯びてきた。「プロ20年目で通算30勝&20億円」。日本ツアーが誇る鷹は、雨に煙る富士山麓を力強く飛び回っている。(静岡県御殿場市/桂川洋一)