松山英樹の確かな成長、そして、「19」への淡い期待
ねぎらいの言葉をかけられるたびに、あふれ出そうな思いを噛み殺していた。泣き出すかもしれない、そう思った。「うん…うん…、微妙ですね…」。日本人選手として歴代最少ストロークとなる通算11アンダー、自身メジャー最高位の5位で、2015年の「マスターズ」を終えた松山英樹が、ラウンド後、笑みを浮かべることなく、4度目のオーガスタへの挑戦を振り返っていた。
「やっぱり…いいプレーができなかった。やっぱり優勝争いをするために練習をしている。3日目までのプレーがすごく残念だった」
初日18位でスタートを切り、日を追うごとに順位を上げたが、土曜日までは特にパットに苦しめられた。最終日のスタート前、ジョーダン・スピースとの差は11ストローク。優勝争いに加わる実感がないのか、普段はピリピリムードを漂わせるティオフ前の練習場で、子どもたちに優しくサインをする姿さえあった。
勝てなければ、同じ。敗れた松山の頭の中はまだ、そんな悔しさでいっぱいかもしれない。だがきっと成長の跡はオーガスタに刻まれている。
昨年、「ザ・メモリアルトーナメント」で初優勝を飾った直後、松山はメジャー大会に臨む姿勢について「ぼくは(大きな大会に)向けての調整といったことは考えていない」と言った。
「自分が勝てると思って、ビシッとすべてが整ったときにそういう調整ができる。メモリアルで勝ちましたけど、まだまだ足りない部分が多いと思っている。その技術を詰めていくのが先」
だが、あれから4度のメジャー大会を経てこの日、松山はこう話した。「自分のプレーが4日間続けば、絶対上位にはいける。(メジャーで)そういうプレーをできるように、しっかり合わせていければいいと思う」。引き続きの技術的な向上はもちろんだが、今まで以上に、自身の調子のピークとの駆け引きが重視されるステージに辿り着いた認識があるということだ。
米ツアー2年目で、これが今季5度目のトップ5入り。「悪い流れになりそうなところで、しっかりと回れている。アメリカツアーでやっている雰囲気が活きていると思う」と、海を渡った新たな土地に時間をかけて順応してきた実感がある。ただ、アメリカで惰性的に毎日を過ごしているわけではないからだ。
昨年から試合中に飲むドリンクに工夫を加えた。以前は一般的なスポーツドリンクだったが、脂肪をエネルギーに変え、食事で摂取したカロリーを効率よく消費することを主眼とした成分が入ったパウダーを混ぜている。
転戦続きで、毎食が外食となる日常。気を遣っても、どうしてもハイカロリーになるアメリカの食事への対策が目的だ。ただ、ボールを打つだけではない。加速度的な成長の裏には、目に見えないきめ細やかなプロの仕事がある。
マスターズではキャディが白いツナギに緑色の番号を付ける。選手が試合前の出場登録(レジストレーション)をした順番で振り当てられる数字だ。各プレーヤーが身につける、赤い小さなピンバッジにも同じ数が刻まれている。
松山のバッグを担ぐ進藤大典キャディは今年、左胸に「19」を付けた。
1年前、「19」のナンバーでプレーしたのはジョーダン・スピース。最終日に競り負けたリベンジを今年、果たした。
ただの偶然だ。けれどそんな、小さなこじつけすら「来年こそは」という吉兆と思いたくなる。松山英樹は、そんな道を力強く歩んでいる。(ジョージア州オーガスタ/桂川洋一)
■ 桂川洋一(かつらがわよういち) プロフィール
1980年生まれ。生まれは岐阜。育ちは兵庫、東京、千葉。2011年にスポーツ新聞社を経てGDO入社。ふくらはぎが太いのは自慢でもなんでもないコンプレックス。出張の毎日ながら旅行用の歯磨き粉を最後まで使った試しがない。ツイッター: @yktrgw