「我が子ですけど…カッコいい」西村優菜のジュニア時代、スランプ、初優勝前夜 そのとき母は
◇米国女子◇ロッテ選手権 初日(1日)◇ホアカレイCC(ハワイ州)◇6530yd(パー72)
スタートホールで、99yd先のグリーンを目がけて1Wを振りちぎる。母子の脳裏には今も、小学校低学年だった頃の記憶がある。「ティから60ydくらい行ったところにカート道があるんです。そこに当てて、のせるのが私の作戦でした」。兵庫県のゴルフ場で行われたジュニアのパー3大会に足繁く通った西村優菜は、背丈ほどあろうかというキャディバッグを引きずるようにしてコースを歩き、たくさんの上級生たちとも競い合った。
大阪の自宅から家族で遠征するときは、たいてい車中泊だった。姉と弟がいる5人家族。共働きでも、両親が子どものゴルフ資金を捻出するのは大変で、試合が終わるとコンビニのおにぎりで夕食を済ませ、黒いプリウスの車内でそろって眠りについた。
母の枝里子さんは当時を「大変でしたよ、確かに」と振り返る。その表情に悲壮感は不思議とない。生活に関する娘の不平不満を「一度も聞いたことがない」という。現在のようにアマチュア選手が金銭的なサポートを受けられる時代とは違う。「自分だけが苦労してきたという感覚はたぶん彼女にはなくて、ただ必死だったと思うんです」。隣の選手とどんなにバックグラウンドが異なっても、ボールの前ではゴルフは平等だった。
ナショナルチームを経て、2019年のプロテスト合格以来、枝里子さんはほぼ全ての試合で愛娘に同行してサポートを続けている。2023年に主戦場を移してからは毎日の食事づくりにより熱が入り、試合中の応援も欠かさない。
順調だったキャリアは米国3年目の昨シーズン、突如として暗雲が垂れ込めた。年間ポイントレースで低迷し、生き残りをかけて最終予選会(Qシリーズ)に参加。出場機会をなんとかつなぎとめたものの、今季も翌年の保証がない位置で9月末を迎えていた。
西村のプレーぶりは、72ホールを通じて表情を変えずフラットに――といった、流行りのスタイルとは一線を画す。多彩なショットはもとより、小さな体からあふれ出る闘志こそが飛距離不足を補う。そのぶん、うまくいかないときの落ち込みようは大きい。「車の中ではガマンしていると思うんですけどね」。望んだ結果が出なかった日、宿舎で涙する様子を母は何度も見てきた。初日にいきなり出遅れて「あした、棄権するかもしれない」という声も聞いたのも一度や二度ではなかった。
「でも、そう言ってやめたことなんてないんですよね」と枝里子さんは西村のキャリアを振り返る。気持ちがポキンと折れる寸前、米ツアーからの撤退すら考えた今年の夏もそうだった。8月「ポートランドクラシック」からの3連戦。渡米前に「最初の試合だけ出て、帰ってきていいんだよ」と送り出した背中は、やっぱり3試合を戦い抜き、そのうち2回予選落ちして帰ってきた。
「アーカンソー選手権」に母の姿はなかった。家族の他のメンバーを支える期間だったため帰国中だった。毎日のやり取りはもっぱらスマートフォン。初日から「63」を並べ、後続に5打のリードを築いた最終日前夜、緊張感でいっぱいのはずの西村にメッセージが届く。『あしたがどうあれ、8アンダーが2回続いただけで天才!』。三歩進んで、二歩下がるような日々で、後退の一歩も、前進のそれも認めてくれる人がいた。
サンデーバックナインで優勝が近づいてから、中継映像の前で枝里子さんの涙は止まらなかった。勝利を手繰り寄せた14番(パー5)のイーグルも「天才!」と思った。母が娘を誇らしく思うのは、アマチュア時代からの栄光や、米ツアーでの起死回生の優勝といった事実とは別のところにある。「いろんなことに振り回されず、“自分”があってブレないところはカッコいい。我が子ですけど(笑)。そういうところが天才だなあって」。吐いた弱音を飲み込み、置かれた立場を受け入れる強さは小さい頃から変わらない。
待望の瞬間には立ち会えなかった。「でも、(6勝した)日本で初めて目の前で優勝を見られたのも4勝目くらいでしたから」という。西村の国内女子ツアー初勝利は2020年。コロナ禍の入場制限は選手の家族も例外ではなかった。1勝目の「三菱電機レディス」は6打差の3位で迎えた最終日に大逆転。母はそのとき、コース近くのスーパーマーケットの駐車場で待機中だった。車内でひと眠りしていたところ、関係者から連絡を受けてビックリ。「こっち(米ツアー)でも、3勝目くらいまでは見せてくれない気がしますね」と笑った。(ハワイ州エワビーチ/桂川洋一)
■ 桂川洋一(かつらがわよういち) プロフィール
1980年生まれ。生まれは岐阜。育ちは兵庫、東京、千葉。2011年にスポーツ新聞社を経てGDO入社。ふくらはぎが太いのは自慢でもなんでもないコンプレックス。出張の毎日ながら旅行用の歯磨き粉を最後まで使った試しがない。X(旧Twitter): @yktrgw