国内女子ツアー

「日本一ゆるい」 渋野日向子を生んだ作陽高ゴルフ部の作法

2021/12/22 07:35
ショット練習に励む1年生の藤森耶野(ふじもり・かの)くん。中学までは野球部でゴルフ歴は半年

日本海沿岸と瀬戸内海側のほぼ中間地点。岡山県の湯郷温泉の近くに海外メジャー1勝、国内ツアー6勝の渋野日向子の強さの原点がある。

作陽高ゴルフ部は藤本麻子東浩子らベテラン勢、近年では渋野、石川怜奈といった女子ゴルファーを輩出。今年11月のプロテストでも合格した21人中、4人(尾関彩美悠丹萌乃須江唯加成澤祐美)が同部の出身だ。男子でも幡地隆寛久常涼らを育成した。

自由がモットーの田淵潔監督

ゴルフ部が練習拠点とする緑ヶ丘ゴルフ練習場を経営する田淵潔監督(61歳)は指導方針について「自由です。たぶん日本で一番ゆるいと思います。日本一ゆるい」と2004年から部員たちの成長を見守ってきた。

「練習は好きにさせます。練習内容も好きに選ばせる。自分で考えて、自分の弱点は何であるとか。ラウンドに行きたい人はラウンドに行く。そっちの方が練習になると思えば、1週間でもラウンドしてOK。本人が教えてほしいと言われたら教える」

田淵監督(右)が部員に声をかける

練習場は校舎からバスで約20分のところにある。月曜から金曜まで授業後に練習を行い、土日は休みに設定されているが、ほとんどの部員がそれぞれの課題に取り組むという。部員は現在、3学年合わせて男子8人、女子10人の計18人。ミーティングはなく、連絡事項はLINEで伝える。

マスコット犬の「ヒメ」。椅子の上から静かに練習を見守る

12月のある日に訪れると、受付前の椅子にはマスコット犬「ヒメ」が陣取っていた。寒さが厳しい時期には大根、たまご、ちくわがそれぞれ100円などおでんも常備。大会が終わったばかりの部員たちは一般の利用者と並んで、練習に励んでいた。

大会遠征時は寮生、自宅からの通学生含めて全員がそろう貴重な時間。「試合はひとつのイベントなので、みんなで好きなものを食べに行く。焼き肉、しゃぶしゃぶ、回転寿司とかが多いけど大赤字ですよ」。食べ盛りの部員の胃袋を満たすのも大事な仕事のひとつだ。

シーズンも終了し、部員もリラックスした表情

驚いたのが、入部をきっかけにゴルフを始める生徒もいることだ。「中学までバスケットボールをやっていました、野球をやっていましたとか。ゴルフをしたことなくても大丈夫です。完成している子を預かるのは嫌なんです。『上手なんだったら、あそこ行った方がいいですよ』と断ることもある」。実力のある選手をスカウトすることはなく、オープンスクールなどの体験を経て入学を決めてもらう。

「『お父さんと喧嘩してゴルフが嫌になりました。ゴルフをやめました』という子が結構いるが、うちの選手はゴルフに疲弊していない。楽しくやらせている。ゴルフは楽しまないと上達しない」

寒い時期にはおでんも完備。すじが200円でそれ以外は100円

プロ、大学、就職など進路相談にももちろん応じてきた。渋野は卒業時にはプロを目指していたが、一時「OLもいいかな」と話していたという。

田淵監督は「お母さんから電話かかってきて『プロに受かるか分からんし、ゴルフ場のフロントにでもなろうかなと言っている』と。アホかと。それなら中途半端せんと大学に行けと。案の定1年目はプロテストに落ちた。思春期の女の子の考えることは分からん」と苦笑いで振り返る。

しかし、田淵監督による軌道修正のアドバイスがなく、仮に渋野がゴルフ場のフロントとして就職していたら…。女子ゴルフ界の近年の盛り上がりはなかったかもしれない。

練習拠点の緑ヶ丘ゴルフ練習場

「30歳を過ぎて(プロになれず)コースの研修生ですと言っているやつがいっぱいおる。それはやめておこうと。高校出たら5年、大学出たら3年やってみてダメやと思ったら第二の人生に行った方がいい。グダグダやっても良くない。そんな感じでみんなには伝えている」と優しさの中に厳しさを宿す。

2023年の春には学校が岡山・倉敷市に移転。新校舎で環境はより充実する予定だ。第2、第3の渋野日向子を目指して、きょうも部員は練習に励む。(編集部・玉木充)

■ 玉木充(たまきみつる) プロフィール

1980年大阪生まれ。スポーツ紙で野球、サッカー、大相撲、ボクシングなどを取材し、2017年GDO入社。主に国内女子ツアーを担当。得意クラブはパター。コースで動物を見つけるのが楽しみ。