ゴルフトーナメントをつくる「1500分の1」 それぞれの仕事と現場の声
新型コロナウイルスの影響で、日本のプロゴルフは男女レギュラーツアーだけで計36大会がスケジュールから姿を消した(7月22日現在)。職場を失っているのはプロゴルファーだけではない。さまざまな業務を通じトーナメントを陰で支えてきた多くの人たちも、先の見えない状況に置かれている。
1試合当たり、選手を含め最大1500人規模がさまざまな仕事に携わっているとされる。青木瀬令奈、有村智恵、石川遼、時松隆光、宮里優作らは、ツアー会場で働くスタッフ等への経済的な援助を目的に、「Tournament Players Foundation」を設立し、プロジェクトとして「ゴルフトーナメント業務従事者支援基金」を立ち上げ。インターネットを通じたクラウドファンディング(https://readyfor.jp/projects/GOLF_FUND)で寄付を募る。
男女のツアープレーヤーがコロナ過で思いを寄せた、トーナメントを陰で支える人々の「仕事」とは。わずか5人ではあるが、本格的なシーズン再開を待ちわびる声を集めた。
■スタートアナウンサー
「ツアー3勝、今シーズンは選手会長を務めます。時松隆光」―――。ゴルファーの一日は場内に響き渡るスタートホールのアナウンスで始まる。崎間栄子さんはこの道30年以上のベテラン。男女で年間20試合前後、選手たちの名前を呼んでコースに送り出す。
19歳で男子ツアー「ペプシ宇部興産」でコンパニオン(ペプシギャル)を務めたのをきっかけにスカウトされた。「ゴルフはまったく知りませんでした。でもコースの景色が気持ち良くて」。顔と名前が一致したプロは当時“AON”くらい。「あの人、有名なんですか?」。選手名の前につける“枕詞”を考えるのもの仕事のうち。上下関係にも厳しい時代、同部屋の先輩アナも簡単に教えてはくれない。データや情報を集め、バスルームでひとり必死に勉強する日もあった。
スタートアナウンサーの一日は長丁場。夏場は午前7時前に第1組を迎える仕事は、最後の組のティオフで終わるわけではない。悪天候での中断時、コース内のギャラリーを誘導する緊急的な放送に備える。
その日最初のショットはトッププロでも緊張する。聞きなれない、たどたどしいアナウンスではペースを乱しかねない。「きょうは“姉さん”だから安心だ」。そんな言葉に胸を打たれる。今季、国内で行われた試合は男女で2試合だけ。澄んだ声を毎週のように響かせる日を待っている。
◇忘れられないあのシーン
「宮里藍さんが国内で最後に出場した2017年のサントリーレディス。18番グリーンに上がる選手の名前を呼ぶ“ウェルカムコール”は通常、他の組を邪魔しないよう最終組などに限るのですが、この時ばかりは…。アナウンスすると、他のホールをプレーしていた選手たちも拍手を送っていました。15歳のころから知っている彼女の花道を歩く姿に涙が出そうでした。日本で最後にお名前を呼ばせてもらったのは私だと胸を張っています」
■ギャラリー整理
ゴルフファンは選手とコースを一緒に練り歩きながら、観戦する。「止まってください」「お静かに」。数百人が帯同する人気組もある中、ロープサイドで人々を制す声はプロが安心してプレーするために欠かせない。足立泰博さんは15年にわたり、いわゆるギャラリー整理の仕事、クラブハウス周りの関係者駐車場で、来場者を“誘導”してきた。ふたつは性格が異なるようで、「どちらも人をつなぐ仕事」と捉えている。
起伏が激しく、入り組んだコースでは快適にプレーを見られないエリアも多い。開幕までに危険な地点だけでなく視界を確認し、ギャラリーの導線を設定する。プレー中は「このルートではセカンドショットは見えません」と、グリーン近くに先回りするよう声を掛けることもある。
「特に男子選手のショットは弾道が高くて速い。お客さんの想像を超えるので、目で球を追いにくく、慣れるまでは“面白くない”んです」。フラストレーションが溜まる状況も理解するからこそ、心がけるのは、言葉の使い方。注意ではなく、ナビゲート。柔らかいフレーズで意図を理解してもらえば、ファンと選手の関係は幸福なままだ。
コロナ明けの大会は待ち遠しいが、「しばらくはサイン会などのファンサービスも難しくなるかもしれません」。トーナメント離れへの心配を募らせるのも、プロゴルフへの想いゆえ。
◇忘れられないあのシーン
「2009年の東海クラシックで最終日に石川遼選手、池田勇太選手、梶川武志選手(剛奨から改名)が激しく争いました。トップに3人が並んで迎えた最終18番。右ラフから石川選手が放った第2打がピンそばにつくと、スタンディングオベーションが起きました」
■テントやトイレの設営
多くの人が集まるイベントの企画や会場設営を担う仕事は、新型コロナウイルスで大きな影響を受けた業態のひとつに挙げられる。「TSP太陽株式会社」(東京都目黒区)の神谷啓介・第1営業本部企画営業部 営業1課担当課長は「イベントあっての私ども。普段の“景気が悪い”という状況ではありません。肌感では、予定していた2割程度の業務にとどまっています。先が見えません」と吐露する。
本来ならば、今ごろは東京五輪の最終準備等に明け暮れているはずだったが、受注していた関連業務のほとんどが延期された。
プロゴルフの大会では、スポンサーや来賓用のテント、電光掲示板の発電機、仮設トイレから、メディアセンター内の机や椅子といった備品までを設営してきた。設置は試合の前週、撤去は翌週に行い、1大会あたり約20日間、毎日10人前後が従事する。
ゴルフ場の営業中、プレーを楽しむ人々に迷惑がかからないよう細心の注意を要する。重い設置物を運ぶのに、トラックを縦横無尽に走らせるわけにはいかない。「“工事現場”とも言える仕事。ケガと熱中症は心配だし、これからはコロナ対策も考えなくてはいけない」。人材の安全管理に気を揉む日々だ。
今後はイベント来場者への検温などが日常化する可能性もあり、同社が手掛ける屋外施設にも変化がありそう。「やはり、作り上げた建物に来られた方々に満足してもらうことが喜びです。歯の浮くような言葉ですが、達成感が湧くのはギャラリーや来賓の笑顔を見たときです」。誰かひとりの快適のために、陰日向で汗水を流す人々がいる。
◇忘れられないあのシーン
「業界に関わって15年以上経ちますが、最初はゴルフのことは詳しく知りませんでした。タイガー・ウッズ選手が出場した2005年のダンロップフェニックスは思い出深いです。自分でも知っているスター選手が会場にいて、たくさんのギャラリーが喜んでいた。横尾要選手とのプレーオフも記憶に残っています」
■ボランティアの取りまとめ
国内に限らず、広大なフィールドを舞台とするプロゴルフの試合は、多くのボランティアが支える。上記のギャラリー整理のほか、各組についてスコアボードを掲げたり、スコアを大会本部に速報したり…。兵庫県尼崎市の「ザ・ヘッドクォーターズ」は、各大会でこうしたボランティアの確保を担っている。
同社の早川和宏さんは年間40近くの大会に携わる。「メジャーなどラフが深い試合ではボール探しもやってもらう」と、試合によっては1日400人近くが必要になる。ボランティア募集の開始は、多くが開幕の4カ月前。開催がめったにない地域では、平日に休める人の力を求めて自治体や農業協同組合を訪ねることもある。
「交通費も宿泊費も自己負担ですが、ゴルフが好きで参加される方ばかり。旅行がてら、岡山からグループで北海道の大会に来る方もいます。長年、毎週大会を渡り歩いて、選手のドリンク補充などの業務に携わってくれるアルバイトの方も20~30人いらして、頼りにしています」
ツアー再開を待ちわびる一方、多くの人々をまとめる立場としては、今後のコロナ対策も気がかり。「ひとつの大会で陽性者が出たら、後に続く試合に迷惑がかかる可能性もある」と緊張感も漂う。
◇忘れられないあのシーン
「直近だと2019年、福岡・古賀GCでの日本オープンでしょうか。連日雨が降って、順延が相次ぎました。夕方遅くにプレーを持ち越した組は、翌日早朝に再開しなくてはいけない。スコアラーの方は翌日、業務に入っていないこともあります。その都度、お願いして調整し、みなさんのおかげで大会を終えられました」
■プロキャディ
試合中のゴルファーが唯一アドバイスをもらえるのが、自身のキャディ。プロゴルファーを支えるプロキャディの地位は、日本ではまだ低いと話すのは森本真祐さん。職場環境の向上や後継育成のため、昨年設立した一般社団法人「日本プロキャディ協会」の会長を務める。
昨年の賞金女王・鈴木愛ら多くのトップ選手をサポートしてきた。プロキャディの生活は、主に選手の獲得賞金に応じて出される賃金が頼り。「僕も、今は基本的に仕事がない状態。ゴルフ場のハウスキャディや、トラック運送のアルバイトをする人もいる」。だからこそ、6月の女子ツアー開幕戦「アース・モンダミンカップ」で、マスク越しに顔を合わせた仲間たちが元気で安心した。
プロゴルファーは機械ではない。感情やテンションを読み取って、最高のパフォーマンスを引き出すのが使命だ。「優勝した時の達成感や喜びは、日常生活では味わえない。勝てなくても、選手が直面する課題をクリアする瞬間、プロセスを感じられてうれしい」と仕事の誇りを語る。
コロナ禍で止まっていた協会への入会手続きは、再始動した。すでに50人近くの申し込みが見込まれるほか、「将来プロキャディになりたい」という20人余りの声も届いた。「高齢化が進んでいるので、若いキャディのケアもしていかないと…」。一般アマチュアを対象にコースマネジメントを伝授するラウンドレッスン企画も進めたい。ゴルフを通じ、日々の浮き沈みを経験しているからこそ、トンネルの先の明るさを信じている。
◇忘れられないあのシーン
「桑原克典プロのバッグを担いだ1999年のアイフルカップ。初日、バッグに誤ってクラブを15本(ゴルフ規則は14本まで)入れたままスタートして、4罰打を受けてしまいました。それでもプロは快調にスコアを伸ばして、結果は優勝した伊澤利光選手に3打差の3位。『あの4ペナがなければ』と今でも苦い記憶です」
日本ツアーのビッグトーナメントにおいて、ギャラリー以外でコースに集う人々は、選手、キャディや関係者合わせて約500人のほか、連日約1000人。それぞれが、あらゆる形で大会に従事する。ファンを喜ばせるため「トーナメントをつくる1500人」という視点からは、プロゴルファーもまた、そのひとりである。(編集部・桂川洋一)
・ゴルフトーナメント業務従事者支援基金
https://readyfor.jp/projects/GOLF_FUND
■ 桂川洋一(かつらがわよういち) プロフィール
1980年生まれ。生まれは岐阜。育ちは兵庫、東京、千葉。2011年にスポーツ新聞社を経てGDO入社。ふくらはぎが太いのは自慢でもなんでもないコンプレックス。出張の毎日ながら旅行用の歯磨き粉を最後まで使った試しがない。ツイッター: @yktrgw