欧州男子ツアー

~チャレンジツアーからタイガーへ~ ブルックスの信じがたい旅路

2013/08/14 14:44
チャレンジツアーから夢舞台へと立ったB.コエプカに、鼓舞された選手たちも多かったはずだ(Getty Images)

ヨーロッパチャレンジツアーの非公式スローガンは、『ヒーローの生まれる場所』とされているが、言い替えれば『夢を実現する場所』とも解釈できる。全米プロゴルフ選手権でタイガー・ウッズと回り、地位を急上昇させたブルックス・コエプカは、自身の実力でそれを証明した。

コエプカは、オークヒルカントリークラブで行われた全米プロゴルフ選手権でのデビュー戦で、メジャー14勝を誇るウッズと最終日に同組で回った。これは、チャレンジツアーに出場している有力な若手選手には、なかなか達成することは難しいだろう。

流星のごとく現れたコエプカをチャレンジツアーのナンバーワンという見出しで報道し、今年も3度の優勝により欧州ツアーの出場権を獲得している事実も伝えられた。

3度目の優勝を成し遂げた6月末のスコットランド・ハイドロチャレンジの翌日、23歳のコエプカは全英オープの出場権をかけた最後の大会となったスコットランドオープンの出場権を勝ち取り、そのスコットランドオープンで12位と健闘したことにより2週間後の全英オープンへの出場が叶った。

そして、親友のピーター・ユーラインと共に出場した全米プロゴルフ選手権で、コエプカの快進撃は始まったのだ。

コエプカの全米プロゴルフ選手権の出場権獲得には、113位という世界ランキングが大きく物を言ったが、そのポイントの多くは出場したチャレンジツアーの大会での成功によるものである。

フロリダ出身のコエプカは、ニューヨーク州ロチェスターで行われた大会に、ただ出場しただけではなかった。予選通過を果たすと、3日目を「71」で回り通算4オーバー。若手なら誰もが夢見るであろう、ウッズとのラウンドを最終日に実現させたのだ。

「楽しかったですし、素晴らしい時間が過ごせました。タイガーはいい人でしたね」と、2012年にアマチュアとして出場した全米オープン、そして予選落ちした先月の全英オープンを経て、3度目のメジャー出場で最終日に「77」を記録したコエプカは述懐した。

「自分の世代は幼少期から常にウッズを目標にしてきました。彼がいたから、今こうしてゴルフをしているのです。彼はいい人でしたし、とてつもないプレイヤーなので、一緒にラウンドできて本当に楽しい時間となりました」。

「1番ホールは非常に難しかったですが、それと同時に良い体験となりました。観衆のタイガーを叫ぶ声を聞きながらのプレーでしたから。不安定だった序盤を振り返ると、決して自分のプレーができたとは言えませんが、それでも後半はそこそこのプレーが出できたと思います」。

「タイガーと同組で回ることが素晴らしい経験となるのは解っていました。しかし、同時に負けてはいられないという気持ちも持ってプレーしました。みんなそうですよね」。

オール・アメリカンに3度選出されたフロリダ州立大学を去年の夏に卒業したコエプカは、ヨーロッパに移りチャレンジツアーに参加する事を決めた。そして、彼のプロとしてのキャリアは、27位タイという立派な成績を残したクレジット・スージー・チャレンジで幕が開けた。

その後、幾度かのトップ10入りを経て、去年の10月に行われたカタルーニャチャレンジで初優勝を果たした事により、翌シーズンの出場権を手にした。

5月に出場したモンテッキアゴルフオープンで2度目の優勝を果たすと、その後のフレッド・オルソン・チャレンジ・デ・エスパーニャでは、それまでの記録を破る10打差をつけての優勝を成し遂げた。

2013年にもう1勝挙げれば欧州ツアーの出場権が自動的に獲得できるという状況で、コエプカはスコットランドの厳しい気候の中で勝利を挙げ、チャレンジツアーの多様なコンディションや文化を経験する中で選手として成長することができたと語った。

ロチェスターでのウッズとのラウンドという得難い経験をしたコエプカは、「チャレンジツアーから始める事は自分にとっても大きな事でした。しかし、今は楽しみながらプレーできていますし、ヨーロッパが好きです」と語った。

「ここでプレーしていることでゴルファーとしても人間としても成長することができました。こうして多くの文化や言語に触れる環境にいることで、順応力が身に付いたのも事実です。たくさんの国でプレーできる事を今は楽しんでいます」。そして彼はこう付け加えた。「僕の友達の多くはヨーロッパにいるので、今週は電話が鳴りっぱなしでした」。

こうして、多くの人が期待を寄せていたように、コエプカは世界レベルの選手として成長したのである。そしてコエプカは、チャンレンジツアーで積んだ経験はいつまでも心の特別な場所に残るだろうと述べた。「チャレンジツアーへ出場していなければ、今の僕はここにはいないでしょう」と彼は締めくくった。

ここは、ヒーローが生まれる場所であり夢が実現する場所。そして、コエプカはマーティン・カイマーやヘンリック・ステンソン等多くのヒーローを生んできたチャレンジツアーのスター選手のリストに名を連ねることになった。将来、人々はチャレンジツアーの歴史を振り返るとき、誇りを胸にこう言うだろう、「ブルックスはここでプレーしていたんだ」と。