優勝のソーントン感動の涙
サイモン・ソーントン(アイルランド)は、不屈の精神でティジャート・ヴァン・デル・ウォルト(南アフリカ)をプレーオフで破る戦いを見せ、父の日にセントオマールGCでのナジェティホテル&ゴルフ オープンのタイトルを獲得し、彼の亡き父に初めてのヨーロピアンツアー優勝という結果を捧げた。
ソーントンは最終組を共に回ったヴァン・デル・ウォルトとの見応えのある駆け引きの中、後半9ホールでいくつかのトリッキーなパットを沈めた。
しかし最終的に一番重要となったのは、ヴァン・デル・ウォルトが18番ホールをパーとし、ソーントンがプレーオフに持ち込むには10フィートからのパットを決めなければいけないという状況だった。
最も強烈なプレッシャーの中、36歳のソーントンは見事カップインに成功。最終日を1アンダー「70」で回り、通算5アンダーでヴァン・デル・ウォルトと首位で並んだことに喜びの表情を見せた。
しかし、プレーオフに入ると再び冷静さを見せた。ヴァン・デル・ウォルトのアプローチがグリーンサイドのバンカーに捕まってしまい、バンカーショットから12フィートのパットを残してしまった一方で、ソーントンはグリーンの縁に乗せ、そこから30フィートのパットを見事なタッチでカップのそばにつけ、パーを確実にした。
ヴァン・デル・ウォルトがパーパットを外すと、ソーントンは難なくパットを沈め、三年前に亡くなった父にタイトルを捧げた。
「優勝できたのは、私にとってとても大きいことです」と涙ながらにソーントンは語った。「しかも、今日は父の日ですから。父は3年前に亡くなり、今でも悲しみは残っています。しかし今日流しているのは喜びの涙です。この優勝を父に捧げます」。
「今日は完璧なコンディションで良いプレーができた、という訳ではありませんでしたが、必要な時に寄せワンが決まり、うまくパットを沈めることができました」。
「私は混乱していて平常心ではいられませんでしたが、ショートゲームでは持ちこたえることができました。ショートゲームは数年間特に力を入れて練習して来ましたから嬉しく思います。また、先週にパターとパッティングの方法を変えたことも、今週の結果に繋がりました」。
「一日中自分に言い聞かせてきたことは、全てのパッティングでうまく行くようにトライし、望むところへボールを打てるよう確かめました。最後のパッティングでも、ラインを読み、胃を決して打ち、そしてカップインしました」。
あらゆるオッズを覆すソーントンの躍進は、彼がわずか10年ほど前はハンデが7だったことを考えると、欧州ゴルフ界のトップへ駆け上がった信じられないストーリーといえる。
イングランド・ブラッドフォード生まれのソーントンは、その後アイルランドに移りロイヤルカウンティダウンGCのアシスタントプロになり、アイルランド内でのプロランクを上げチャレンジツアーを経て、ヨーロピアンツアーの舞台にたどり着いた。
「うまくいけば、この優勝はこれからのキャリアの足がかりになると思います」と彼は言った。「今週はこれから家に帰ってお祝いしますよ。一週間オフをとった後、アイリッシュオープンでプレーします」。
「昨年、チャレンジツアーを経てのヨーロピアンツアーの舞台では本当に失望する結果に終わりました」。
だからこの舞台にたどり着いて優勝できたことは信じられないほどです。このカテゴリーで優勝できるなんて本当に素晴らしいですよ。こんなに一気に変わるなんて不思議です。なんともシュールですね」。
一方、ヴァン・デル・ウォルトは今週ずっとリードを保ち続けていたが初のヨーロピアンツアー優勝を果たせなかったことに失望を隠せずにいた。
しかし南アフリカ・ジョージ出身のヴァン・デル・ウォルトは、ゲーム運びは素晴らしかったし、このフランス北部でのパフォーマンスは、彼の将来に大きなものをもたらすであろう。
39歳の彼は「すぐそこというところまで来たにもかかわらず、優勝できなかったことは残念です」と言った。彼は、ソーントンと、バプティステ・チャペラン(フランス)と並ぶ首位タイで最終日を迎え、この日も1アンダーの「70」でラウンドした。
「今日はチップショットが上手く行かず、さらにひどいウェッジショットが5番ホールのボギー、そして8番ホールのダブルボギーという結果につながってしまいました。どちらも受け入れがたいものです」。
「しかし、残りのゲーム運びはなかなか良かったです。思うに、ちょっとしたミスさえ失くせば大差をつけて優勝することができたでしょう。これらの失敗が次の大会の動機付けにもなりますし、また次への扉を開けることになるのでしょう。次こそは大成功を収めることができるはずです」。
セベ・ベンソン(イングランド)は1アンダー「70」で回り、彼の同胞であり同じく最終日を「70」で回り4位につけたロバート・ディンウィディには2打差をつけ、ヨーロピアンツアーでのキャリア最高となる3位でフィニッシュした。