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シェルヒューストンオープン
期間:03/30~04/02  場所: ゴルフクラブ・オブ・ヒューストン(テキサス州)

<選手名鑑233>パトリック・カントレー(中)

■プロゴルファーのキャリアを左右する腰痛との戦い…

ポーカーフェイスで他を圧倒するP.カント ポーカーフェイスで他を圧倒するP.カントレー(Mike Lawrie/Getty Images)

パトリック・カントレー(25)は、2013年はウェブドットコムツアーを中心にプレーし、コロンビア選手権でプロ初優勝を挙げた。同年のファイナルズで11位になり、翌14年のPGAツアーのシードを獲得。いよいよフル参戦がスタートした。

16年2月、キャディで無二の親友を亡くした事故から、さかのぼること1年3カ月前、14年のルーキーイヤーから、ゴルファーの職業病であり、致命傷になりかねない腰痛に襲われていた。同年5月、テキサス州ダラス郊外のコロニアルCCで開催されたクラウンプラザインビテーショナル(現:ディーン&デルーカ招待)で最初の激痛が走った。

5月24日の午前8時前、大会2日目のスタートを前に練習を開始した。天候は曇り、午後は雷雨予報が出ていた。初日は「75」と出遅れ、なんとか挽回したい2日目だった。同伴競技者は、カナダのブラッド・フリッチと、飛ばし屋のルーク・リスト。ショット練習を開始すると、背中に強烈な痛みが走った。「まるでナイフで切りつけられたようだった」と振り返っている。それでも無理をしてスタートしたが、7番ホールをプレー中、痛みに耐えきれなくなり棄権した。

1週間後に告げられた検査の結果は、腰椎最下部にある“L5”の疲労骨折だった。3カ月間の治療を経て、同年8月のウィンダム選手権で復帰。翌年のシード権を決める最終戦で強行出場したが、痛みは続き、また3カ月間のリハビリに戻った。11月のOHLクラシックatマヤコバに無理をして出場したことが影響し、その後2年2カ月に及ぶ長期離脱を強いられた。

2度の復帰失敗で徹底的な改善を図ろうと、駆けずり回った。地元ロサンゼルスをはじめ、コロラド州デンバー、ニューヨークなど、各地の著名医師の診断を仰いだが、解決の糸口は見えず。NBAで活躍したコービー・ブライアントの治療に成功したドイツの医師の診察も受けたが、効果はなかった。カントレーの場合、手術で改善できる腰痛ではなく、最善策は、安静とストレッチで柔軟性を保ち、回復を待つことだった。

プロゴルファーが避けて通れない腰痛との付き合い。腰を良い状態でキープできるかは、キャリアをも左右する。若い時から腰痛に苦しんできたフレッド・カプルスビジェイ・シンはドイツにまで治療に出かけるほど、あらゆる策を講じ、地道な努力とケアを続け、メジャー優勝を果たした。カントレーも万全の対策でそうであってほしいと願う。

■復帰2戦目で2位 厳しい条件を一発クリア

今年3月、第2週のバルスパー選手権は再起をかけた大一番だった。14年11月のOHLクラシックatマヤコバを最後にツアーを離れ、17年2月開催のAT&Tペブルビーチプロアマで、約2年2カ月の休養を経て復帰した。今季の出場資格は「腰痛による公傷制度」が適用され、10試合で389ポイント、もしくは62万4746ドルを獲得しなければ、シード権を獲得できないという厳しい状況だった。ペブルビーチでは48位タイだったが、悪天候の中、4日間のプレーを完遂し、腰痛への不安を少し取り除くことができた。

公傷制度は限られた試合数で結果を残さなければならず、残り試合が少なくなればなるほど負担は大きくなる。カントレーがシード権を確定させるには、単独2位以上の成績が必要だったが、スポンサー推薦で出場した復帰2戦目のバルスパー選手権を2位で終え、これを一発でクリアした。飛躍への第一歩を踏み出したと同時に、アマチュア時代のライバル選手たちは「強敵カントレーが戻ってきた」と噂した。

■“マスクマン”と呼ばれる所以

バルスパー選手権の最終日は、14アンダーで首位に立つアダム・ハドウィンに4打ビハインドでスタートした。12番までにスコアを伸ばし、ハドウィンとの差は2打に迫った。迎えた13番は奥、右、手前三方が池に囲まれ、上空の風向きの判断が難しいパー3。打球はピンへ真っすぐ飛んでいき、カントレーは表情を変えずに行方を追った。まるで池の恐怖など微塵も感じていないようだった。打球はピン右2mほどに止まるスーパーショット。勝負をかけたショットを成功させても、ガッツポーズを作るわけでもなく、なすべきことに全力を注ぐという成熟の表情だった。ハドウィンは池を避け、ピン左15mに乗せたが、それを沈めてバーディとし、2打差を守った。

それでもカントレーは動揺する様子はなく、自分のプレーに集中。次の16番は、右サイドに池が配された難ホールでハドウィンは1打目を池に打ち込み、ダブルボギー。パーで切り抜けたカントレーは遂にハドウィンを捕らえた。17番は両者パーとして、勝負は最終18番へ。カントレーは5mのパーパットを外してボギー。優勝を逃し2位に終わった。

選手にはさまざまなプレースタイルがある。ジョーダン・スピースのように、打球に言葉をかけたり、感情をジェスチャーで表し、気持ちを高める選手もいる。また心の内を封殺し、無表情に徹する選手もいる。カントレーはアマチュア時代から“マスクマン”と言われ、プレー中は表情を変えることなく、対戦相手に静かな恐怖を与える。優勝はお預けになったものの、単独2位はシード権を決めるに十分な順位となった。プレー中は燃えたぎり、プレー後は安堵と歓喜で溢れていたはずだが、わずかに微笑んだだけ。今季のフル出場権を獲得し、手ごわい“マスクマン”のプレーを存分に見られることになった。

佐渡充高(さどみつたか)
ゴルフジャーナリスト。1957年生まれ。上智大学卒。大学時代はゴルフ部に所属しキャプテンを務める。3、4年生の時に太平洋クラブマスターズで当時4年連続賞金王に輝いたトム・ワトソンのキャディーを務める。東京中日スポーツ新聞社を経て85年に渡米、ニューヨークを拠点に世界のゴルフを取材。米国ゴルフ記者協会会員、ゴルフマガジン「世界トップ100コース」選考委員会国際評議委員。元世界ゴルフ殿堂選考委員。91年からNHK米ゴルフツアー放送ゴルフ解説者。現在は日本を拠点に世界のゴルフを取材、講演などに飛び回る。

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