長い道のりを経て、ツアー2勝目を手にしたクラーク
By Adam Stanley, PGATOUR.COM
身長170センチほどの小柄なティム・クラークだが、高さが足りない分はハートでカバーする。
南アフリカ出身で38歳のクラーク。2011年には何度も怪我に見舞われ、この年に出場したのは4試合のみ。さらに2013-14年シーズンも苦戦し、予選通過は20試合中、10試合だけだった。だが彼は今週の「RBCカナディアンオープン」でジム・フューリックに1打差で優勝したことが、自信につながるだろうと話している。
今回の優勝で500フェデックスカップポイントを獲得し、同ランキングで27位に上昇したクラークは、「今みたいな心構えでいれば、今後もこの調子でいけるはず」とコメント。「次の2試合は僕たちにとって大きなものだ。僕はこれからも挑み続けたい」と意気込みを語っていた。
1人が自信を持つのなら、別の1人はそれを失うのかもしれない。今大会3日目終了時点で首位だったジム・フューリックだが、その座を維持できなかった。彼は2010年のPGAツアー優勝以降、7試合で、大会3日目首位から勝利を逃す結果に。しかし彼は“悪いのは他の誰か”ではなく、この自分だと話していた。
「最終日は穏やかな日だった。“69”はどう考えても悪いスコアじゃない。だけど、バーディが2つしか獲れなかったことで、何人かを優勝争いの場に呼び戻してしまった」と、フューリック。
44歳の彼にとって、「ライダーカップ」の米国選抜チームのメンバーに確定していることは慰めとなるかもしれないが、それが敗北の痛みを消すことはない。
「本当にガッカリしたよ。パットが不十分だったし、手にしていた(優勝への)チャンスを生かせなかった」。
会場のモントリオール地域の悪天候で、試合が15分中断することもあった大会最終日。しかしクラークもフューリックも、この雨による遅延に影響を受けることはなかった。
「(試合中断は)皆にとって気まずい時だった。ゴルフコースを出た後、外に出たり、ウォームアップする機会が得られないのは滅多にないことだ。まあ、そんな時は長くは続かなかったけどね」と、フューリックは振り返る。
この15分の中断は、最終組のクラークとフューリックらが15番ホールでプレーしていた時のこと。クラークは5アンダー「30」をマークしたバック9の途中だった。
「バーディを獲らなくちゃいけないのはわかっていた。攻めの姿勢でいかなくちゃと思う時のほうが、獲る可能性が増すこともね」と、クラーク。「その時(の自分)は失うものが何もなかった。突然、上がり調子になって、そのまま(優勝まで)いったんだ」。
クラークにはまた、カナダとの縁がいくつかある。1998年には現在のPGAツアー・カナダで2勝を挙げたし、彼の妻はトロントで生まれた。義父はモントリオール出身なので、クラークが次週の「WGCブリヂストンインビテーショナル」やその翌週の「全米プロゴルフ選手権」に挑むのを前に、優勝祝いも行なわれるはずだ。
今大会最終日で優勝を決めた18番ホールで、幼い息子ジャックが自分に向かって走ってくる姿を見たクラークの目には涙が光っていた。彼にとって怪我からの復帰は長い道のりだったが、その先に広がるものに心を躍らせているのも確かだ。
「今日はもう、夢のような一日だったね」。