鈴木亨 「今週、パパはきっと勝てるよ!」/アコムインターナショナル
アイドル娘、家族の応援に後押しされつかんだ通算7勝目
単独首位に立った3日目の夜。翌日、決戦の勝負服に迷った鈴木亨は、赤とオレンジのポロシャツを撮影し、こんなメッセージをつけて娘の愛里ちゃんに写メールした。
「最終日は、どっちのウェアがいいと思う?」
するとすぐ返事が返ってきた。
「絶対にオレンジ!今週、パパはきっと勝てる気がする。頑張って!」
「女房も、絶対にオレンジのほうが縁起がいい色だって。何を根拠に言ったのか分からないけれど、娘は今回の優勝を予言していた」と、鈴木は振り返る。
ヒビが入りかけていた家族の絆を、いっそう強くしてくれた今回の優勝だった。愛娘の愛里ちゃん(10歳)が、「モーニング娘。」を中心とするアイドル集団「ハロー!プロジェクト」のキッズオーディションで、応募総数27958人中15人の難関を突破したのは、2002年の6月のことだった。
そして昨年の10月29日には、「あぁ!」というユニット名でシングルデビュー。
幼いころから大人顔負けの歌唱力。3回も歌詞を聞けばすぐに覚えてしまい、それに振りをつけて踊っているような子だった。
「その才能を伸ばして、夢に向かって歩いていって欲しい」。当時は父親も、娘の芸能界デビューに大賛成のはずだった。
だがシーズン中盤の自身の不振で、こんなセリフを吐いてしまったのは今年の夏。
「娘と、俺とどっちが大事なんだ」
まだ幼い愛里ちゃんの芸能活動には、親のサポートが不可欠。当然、妻の京子さんは娘に付きっ切りとなる。特に、鈴木が予選落ちして帰った土日に、愛里ちゃんに仕事が入ることが多く、すれ違いの生活。
苛立ちから、つい妻にそう怒鳴って泣かせてしまったのだ。
「世界は違うけど、お互い頑張りたい」。その一心で、家族みんなで励ましあってやってきたはずだったのに。
京子さんには「あなたがいやなら、(芸能界を)やめさせようか?」とまで言わせてしまったこともある。我に帰って、「そんなこと、させられるわけがない」と、鈴木は心を入れ替えた。
何回か、娘のコンサートを見に行ったことがある。熱狂的なファンの前で堂々と、歌い踊る姿に「俺の娘じゃないみたい・・・」。成長ぶりに目を細めたものだ。ツアーきっての愛妻家で、子煩悩。家族の存在が鈴木の戦う原動力だ。
その家族が、危機を迎えていた時、信頼関係を取り戻すため「原点に帰って」取り組んだのが筋力トレーニングだった。オフは1日30分以上のランニング。試合中にも欠かさない1セット300回以上のスクワット。
この夏、ハードなトレーニングを再開したきっかけは、女子プロゴルファーでもある京子さんのこの一言だった。「あなたのお尻、垂れてきたみたい」。
鈴木はもともと、下半身のキレで振っていくタイプ。そのスイングの生命線でもある部分が、加齢とともに衰えてきているのではないか、と妻は懸念していたのだ。
「あなたが考えているよりも、簡単なところにヒントはあるものよ」と、言われて気がついた。
鈴木の父・基之さん(68歳)は立教大学野球部時代に、長嶋茂雄さんの1学年後輩。根っから体育会系の父の監視付きで、幼い頃から厳しいトレーニングを積んできた。そのおかげで、いまの強靭な下半身が養われた。
「それが最近では、いろいろ考えることばかりが先で。トレーニングも怠けがちだった」。娘のことしか目に入っていない、とばかり思い込んでいた妻からの、鋭い指摘が苦しい日々から救ってくれた。
心を入れ替え、ストイックにトレーニングに励んだ父親に、早速、ご褒美が来た。54ホールの競技短縮が決定し、2年ぶり7勝目が転がり込んだ。最終日、妻と娘は都内でラジオの収録があり、応援には来れなかったが、優勝の瞬間「パパ勝ったよ!」と送ったメールには、絵文字つきのかわいい返事が届けられた。
「おめでとう!愛里が、言ったとおり1位になったね。愛里の予言が当たったね!」
愛里ちゃんはこの冬、ブロードウェイミュージカル「34丁目の奇跡」の子役に大抜擢されて、初舞台を踏む。愛里ちゃんがデビューしてからの2年間、勝ち星に見放されていた鈴木は、「父親が満足な成績を残せなければ、娘の活動にもマイナスになるから」と言って、娘が芸能人であることを、これまでは決っして自ら話そうとしなかったのだが、「良い娘を持って俺って幸せ!・・・みなさん、ぜひミュージカルも見てやってください。そして、娘ともども、プロゴルファー鈴木亨の応援もよろしくお願いします!」
優勝インタビューで口火を切った父の表情は、堂々と、自信に満ち溢れていた。