フィッシャーマンズスイングの“名付け親”を悼む
◇米国男子◇AT&Tペブルビーチナショナルプロアマ◇ペブルビーチGL(カリフォルニア州)◇6816yd(パー72)
「きょうは早く帰らなくちゃいけないんだ」。もう1年以上前になる。2017年11月の日本ツアー「カシオワールドオープン」でのこと。試合の撮影を依頼していたカメラマンが仕事を終え、帰路を急いでいた。夜に食事の約束があるという。彼はたくさんのプロゴルファーにも慕われていたから、よくあることだった。ただ、その日ばかりはどうも緊張気味だった。「誘われたんだ、“虎さん”に」――
内田眞樹(うちだ・まき)さんは長年、日本のゴルフ界で活躍してきたカメラマン。国内ツアーを中心に、写真を通して男女プロゴルファーの熱を独特の視線で世間に伝えてきた。感情の一瞬を切り取り、文章においても高い表現力を持ち合わせていた。いわゆるイケメンの部類で、とても半世紀を生きてきたとは思えないルックスの持ち主。同窓会の写真では、まあ、絵に描いたような中年男性たちに囲まれてひとり浮いていた。
撮影対象である多くのツアープレーヤーの中でも、チェ・ホソン(崔虎星)は彼のお気に入り選手だった。派手なウェア、予測不能のアクション。2013年、韓国から来た中年男性はたちまちフォトジェニックよろしく、彼のハートをつかんで離さなかった。一方で内田さん自身もまた、チェのお気に入りだった。「いつも良い写真を撮ってくれて。それにつくキャプションも面白かったから」という虎さんも、彼の年齢を聞いたときには「年上だとは思わなかった」と、びっくりしたそうだ。
2017年の秋、虎さんは試合中にロープサイドの内田さんに駆け寄り、「いつもありがとう。名刺をください。食事に行こう」と誘い出した。数日後、「カシオワールドオープン」での会合はそれがきっかけだった。高知市内の飲食店に集合した内田さんとその仲間、そしてジナ夫人を連れた虎さん。夫妻は日本語が堪能でない。韓国語も通じない。だからその場では、スマートフォンの翻訳アプリを使ってコミュニケーションを取ったという。
翌朝、試合会場に向かう車中で眠たげな声が聞こえた。「アイツ、ひと口も酒飲まないんだよ。試合のときはいつもそうなんだって。見た目はああだけど、ストイックなんだな」。ファインダー越しではない、素の姿を教えてくれたカメラマンは少しうれしそうだった。
あの夜から約半年後の昨年5月、内田さんが急逝された(享年51)。狭い業界内には突然の訃報が一瞬で拡散され、多くの選手、関係者が動揺した。
いまやチェ・ホソンという選手の代名詞になった「フィッシャーマンズスイング」というフレーズ。虎さんはその“釣り人”の名付け親が、彼だったと信じている。クラブを竿に見立て、大魚を一本釣りするかのように体をしならせる動きはその後、SNSを通じて世界の注目を集めた。ブームはついには今週、PGAツアー「AT&Tペブルビーチナショナルプロアマ」への推薦出場という形に昇華した。
内田眞樹さんが初めて“釣り”のフレーズを用いたチェ・ホソンの写真
「彼が亡くなったと聞いたときは泣きました。僕にとっては本当に感謝すべき人です」
波が小刻みに岩礁を飲む。海と大地の接点に空が光を注ぐペブルビーチ。内田さん、そこからはどんな風に虎さんを撮れましたか?(カリフォルニア州ペブルビーチ/桂川洋一)
■ 桂川洋一(かつらがわよういち) プロフィール
1980年生まれ。生まれは岐阜。育ちは兵庫、東京、千葉。2011年にスポーツ新聞社を経てGDO入社。ふくらはぎが太いのは自慢でもなんでもないコンプレックス。出張の毎日ながら旅行用の歯磨き粉を最後まで使った試しがない。ツイッター: @yktrgw