デパートの婦人靴売り場からPGAツアー初Vへ
カリフォルニア州のリビエラCCで開催された米国男子ツアー「ノーザントラストオープン」最終日。ツアー3年目のジェームズ・ハーンが三つ巴のプレーオフを制して初勝利を挙げた。4アンダーの7位タイから出て「69」(パー71)をマークし、首位タイでホールアウト。2ホール目、3ホール目で連続バーディを決め、ポール・ケーシー(イングランド)、ダスティン・ジョンソンといった強豪を退けた。
プレーオフ3ホール目の14番(パー3)。8mを沈めてガッツポーズを作った直後、ハーンはジョンソンのバーディパットの間、うつむいて目をつぶっていた。「見られなかったんだ。すごくナーバスになっていて」。ギャラリーの反応で勝ったことを知った。2年前の「ウェイストマネジメント フェニックスオープン」、16番(パー3)のグリーン脇でヒット曲「江南スタイル」のダンスを披露して大ギャラリーを沸かせた陽気な韓国系アメリカ人は、笑顔なく感慨にふけっていた。
「僕は南カリフォルニアで育った。この大会は特別だった。タイガー・ウッズがプロになって初めて試合に出た時もテレビで見たんだ」
韓国のソウルで生まれ、家族と2歳の時にカリフォルニアに移住。初めて手にしたクラブはインターネットオークションで買った。カリフォルニア大学バークレー校にはゴルフ奨学生として入学したが、年次が進むにつれて出場機会を失い、最終学年を前に退部。2003年にプロ転向したが、その直後は稼げず、1年間はゴルフをせずに別の手段で生計を立てた。株への投資、資格を取得した不動産業。時給10ドルのバスの運転手、広告代理店などを経て、2005年からはデパートで婦人靴を売った。
その後、ゴルフ場でのレッスンプロとなり、06年の秋にはミニツアーの予選会に出場したが失敗。貯えもなくなった。「PGAでプレーするなんて遠い夢の話だった」。だがその年の末に韓国ツアーへの出場権を獲得。その後はカナディアンツアーを経て2010年からPGAツアー下部ウェブドットコムツアーに参戦し、ようやく2013年からのレギュラーツアー出場にこぎ着けた。
「僕は両親、家族のためにプレーしてきた。苦しい時もいつも見守っていてくれた」と周囲のサポートに感謝する。「ミニツアーに出て、お金がなかった頃のことを覚えている。家族にもスポンサーにも援助してもらっていることが嫌だった。様々な機会を経験してきょうの僕がある。韓国で1年、カナダで2年、ウェブドットコムツアーで3年、そしてPGAツアーに3年…この道は正しかったと思うんだ」
3週間後には第一子となる女の子が誕生する33歳。1月にパパになったばかりのジョンソンには「(子供が夜泣きをしない今のうちに)できるだけ眠っておくんだ」とアドバイスされたという。「マスターズにも行ける。最高に興奮している」。勝利へと続く道のりは、ひとつではない。実に様々だ。(カリフォルニア州パシフィックパリセーズ/桂川洋一)
■ 桂川洋一(かつらがわよういち) プロフィール
1980年生まれ。生まれは岐阜。育ちは兵庫、東京、千葉。2011年にスポーツ新聞社を経てGDO入社。ふくらはぎが太いのは自慢でもなんでもないコンプレックス。出張の毎日ながら旅行用の歯磨き粉を最後まで使った試しがない。ツイッター: @yktrgw