2020年 アーノルドパーマー招待

激怒、そして謝罪 25歳の無名プロの行動と王様の遺産「ゴルフより大切なこと」

2020/03/04 12:05
PGAツアー初出場のブランドン・マシュー。王様の冠大会に出場できる理由とは

◇米国男子◇アーノルド・パーマー招待byマスターカード 事前情報(3日)◇ベイヒルクラブ&ロッジ(フロリダ州)◇7454yd(パー72)

「何が私を駆り立てるのかと聞かれれば、私はいつも同じように答えてきた。『あなたたちファンだ』と」。2016年9月に死去したアーノルド・パーマーは生前、そう言葉を残した。20世紀後半、プロゴルフを一躍メジャースポーツにした王様には、アーニーズ・アーミーと呼ばれた熱狂的なファンがいて、互いを尊重し合う関係だった。そのパーマーが残した大会で、今年PGAツアーデビューを果たす若手選手がいる。ブランドン・マシューズ、25歳。キャリアでまだ勝利のない、米ツアーの下部組織を主戦場にする無名選手だ。

事の発端は2019年11月、PGAツアー・ラテンアメリカの「アルゼンチンオープン」最終日。プレーオフを争っていたマシューズが、外せば負けが決まる2.5mのパットを打とうとしたその時、静寂に包まれていた周辺から突然、叫び声が飛んだのだった。ボールはカップの脇をそれて試合は終了。マシューズはプレーを邪魔されたことに「誰かがわざと叫んだと思った」と、手を広げて怒りのジェスチャーをした。

ところがその数分後、彼は声の主を優しく抱きしめていた。

大声を発したのはダウン症の男性ファンだった。マシューズは敗れてロッカールームに向かう際、大会スタッフからその事実を聞くと、踵を返してグリーンサイドに戻った。その目に涙を浮かべながら。男性とハグを交わして、グローブにサインを入れてプレゼント。プレー直後の自分の態度を詫びた。

「彼にどうか悪い気持ちになってほしくなかった。彼を悪者にしたくなかったし、彼自身にも自分を悪者だと思ってほしくなかった」。マシューズの母は高齢者や障がい者、身寄りのない子どもたちなどが共同生活するグループホームで働いていた。自分には同じ疾患の妹を持つ親友もいる。「僕にとっては日常的な光景で、特別な場所に思えた」。勝てば初優勝、コーン・フェリーツアーへの昇格も視野に入るはずだった。さらに今年の「全英オープン」にも出場できたが、「ゴルフよりも大切なことがある。今回のことはそのひとつ」と受け流した。

大会は今年、スポーツマンとしての模範的な行動を称賛し、マシューズに推薦出場の権利を付与した。「ミスター・パーマーの試合が僕のデビュー戦になるなんて言葉では表せない気持ちだ」と興奮気味に話した。「ミスター・パーマーが残した光は本当に素晴らしく、恐れ多いばかり。彼はスポーツマンシップの縮図そのものだ。彼についての話はすべてがポジティブ。ゴルフにおいて、人々の人生において大変なことを成し遂げた」。レジェンドが残したプロの姿勢という遺産は、たったひとつの出場枠という形でも受け継がれていく。(フロリダ州オーランド/桂川洋一)

■ 桂川洋一(かつらがわよういち) プロフィール

1980年生まれ。生まれは岐阜。育ちは兵庫、東京、千葉。2011年にスポーツ新聞社を経てGDO入社。ふくらはぎが太いのは自慢でもなんでもないコンプレックス。出張の毎日ながら旅行用の歯磨き粉を最後まで使った試しがない。ツイッター: @yktrgw

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