新種パターに込められた、博士の新発想
片山晋呉が今週の「VanaH杯KBCオーガスタゴルフトーナメント」で、見慣れないパターを握っている。「1メートルのパットが90%以上の確率で入る」というふれこみで、8月上旬にヨネックスから発売された大型ヘッドモデル「TRIPRINCIPLE(トライプリンシプル)パター」。これがどうも、新しい発想に富んだ異端モデルといえそうなのだ。
このニューモデルを共同開発したのは、本職は内科医の福岡大学スポーツ科学部・清永明教授、64歳である。
アルミニウムを素材にして容積を拡大したヘッドは、中央部が半円型にえぐられている。これにより重心位置を深くして、最大級の慣性モーメントを実現。ピン型モデルよりも、スイートエリアは約2倍だという。
なんだかここまでは、商品カタログのようなお堅い説明文。しかし、珍しい特徴のひとつが、大型マレットタイプにも関わらず、“フェースバランスではない”ことだ。
ピン型やL字型シャフトの多くのパターは「イン・トゥ・イン」にクラブヘッドを動かす一方で、大きなヘッドのパターは、「真っ直ぐ引いて、真っ直ぐフォローを出す」というのが、一般的な考え。だが、清永教授は大型ヘッドであっても、体の回転運動に沿って、「イン・トゥ・イン」の動きを目指すべきと強調する。
「室伏選手はどうやって、ハンマー投げていますか?(体は)円運動をしているけれど、ハンマーは接戦方向にまっすぐ飛んでいくでしょう。(自転する)地球の大気圏外から、ロケットが月に向かって飛んでいくのも同じ理屈」。ヘッド上部に描かれている白いガイドラインが、飛球線方向に対して斜めに傾いているのは、そういった理屈から。まさに、物理学と人間工学をベースにて作られたものなのだ。
ところで、このパターの原型モデルは、約20年前に一度世に出たことがある。ところが、教授にとってはこれが苦い思い出だ。「市販されると、私の考えとは違うものになっていたんです」。当時はヘッドの大きなパターが出回っておらず、異物扱いされた。販売元のメーカーが、後ろのフリンジを切り、まるでピン型のようなモデルにして売り出されてしまった。「不細工なパターと言われました。時代が早すぎたんですね…」。
教授自身、学生時代はトップレベルのアマチュアゴルファーだった。18歳の時に心臓病にかかり、2年半の闘病生活を経験。リハビリのために始めたのがゴルフだった。
「体が弱く、時間もなかった。だから練習せずにいかに人よりうまくなるか、どうしたら真っ直ぐボールを飛ばせるのか、パターを真っ直ぐに打てるのかと考えてばかりでした」と振り返る。福岡大医学部在学中には九州学生選手権を3連覇。そんな“実績”にも後押しされた研究成果である。
ちなみに、このパターは市場では36インチモデルのみが販売されている。昨今は中長尺をのぞいたタイプなら、33~35インチが一般的で、少しばかり長い。だがこれは医学的な見地からの結論だそう。
「33インチ、34インチのパターを使って、腰に負担がかかっていませんか。医者の端くれとして、良肢位(りょうしい=日常動作で負担がかかりにくい関節の角度)というものを考えたものです」。
新発想は、やはりそれ相応の知識や経験が必要だ。けれど小さなことに疑問を持ち、既成概念を取っ払って、考えてみることは、なにも学者先生だけの特権ではない。
「自分に合ったシャフトの長さを本当に考えたことがありますか?逆に言えば、あなたはなぜ33インチ、34インチのパターを使うのですか?ただ、そこにあるからでしょう?」。悪戯っぽい問いかけに、こちらは口ごもるばかりだったのだ。(福岡県糸島市/桂川洋一)