“走りは苦手” 中西直人がスピードゴルフに挑戦したワケ
「ゴルフがなくなったら、俺にはなにもないっていう人生は嫌なんです。だから、普段から視野を広げて、ゴルフ以外にも興味ばかり。ただ、一番苦手なのが走ることなんです」
昨年、プロ10年目にして初シードを獲得した中西直人はそういって元気に笑った。ここはきっと、中西が望んで来るような場所ではなかったはずだ。17日、茅ヶ崎ゴルフ倶楽部(神奈川県)では、ストローク数と走破タイムの合計(1打=1分)を競うスピードゴルフの9Hトライアルが行われた。中西は自身のYouTubeチャンネル「プロゴルファー中西直人【あゆみ】チャンネル」の撮影も兼ねて、この競技に初参加したのだった。
コースは“剛のデザイン”と言われる上田治が設計し、深く大きなアリソンバンカーが印象的な(最長)2925ydのパー35。直前に大阪から駆けつけた中西にとっては、コースもスピードゴルフもぶっつけ本番。だが、日本スピードゴルフ界の絶対王者に君臨する松井丈さんが、親切にも並走しながらGoPro片手に撮影を手伝ってくれることになり、アドバイスをもらいながらラウンドできる幸運に恵まれた。
梅雨時期であいにく小雨模様のスタート前。中西「グリーンでボールは拭くんですか?」、松井「いや、そんなことを気にしている暇はないです」というような会話は、スピードゴルフの“あるある”だ。プレーヤーは球をマークすることもなく、5本ほどのクラブを握って一目散にホールアウトを目指していく。
「僕は基本的にあまり素振りをしない。すべて準備で決まると思うので、いまさら素振りを何回かしたところで意味がない」というプレースタイルはスピードゴルフ向き。とはいえ、初ラウンドで3バーディ(3ボギー)のパープレー=35はさすが国内ツアーのシード選手だった。走破タイム24分39秒で、SGS(スピードゴルフスコア)は59.39。直前にプレーした松井さんの61.27(スコア:40、タイム:21分27秒)を上回って、参加21人中なんと1位の記録を叩き出した。公式競技は18ホールとはいえ、初挑戦で国内大会6連覇中の松井さんを破る選手が出てくるとは…。(※この模様は【あゆみ】チャンネルで近日公開予定)
「ずっと(心臓は)バクバクでした。途中めまいがして、ボールが何回もティから落ちそうでやばかった」という状態でのスイングは、これまで積み上げてきた技術力を確かめるよい機会にもなったという。「すごく自信になりました。もし、このあと(ツアーで)優勝することができたら、間違いなくこれのおかげって言います!」だが、その日はいつになるのだろう?まずは試合が開催されないことには、予選通過も優勝も存在しない。
新型コロナウイルス感染拡大の影響で、国内男子ツアーは今年1月にシンガポールで1試合が行われたきり。今月に入ってエキシビション1試合が開催されたが、なにかと話題豊富な国内女子ツアーと比べれば、盛り上がりに欠けていることは否めない。「ゴルフ界を盛り上げたい」。中西のスピードゴルフ初挑戦の動機もそこにあった。
中西は「新しい扉を開けたい。ゴルフ界の外に出たい。ゴルフを仕事じゃなくて興行、ショーにするのが目標です」と断言する。「今回のコロナ禍でもそうですけど、プロゴルファーって試合がなかったらただの人なんです。稼ぎたいと思っても、職場がなかったら始まらない。だから、優勝とかは二の次、三の次。まずは試合が盛り上がって、ゴルフ界が盛り上がったら、自分や家族も盛り上がる。僕なんて人としてまだまだですけど、(ビジネスやエンタメの)プロの人にどんどん入ってもらって革命を起こしたら、ここから上がることしかないと思う」。
だからこそ、身体を張って苦手な走りにも挑戦した。「いま変えれば、10年後にはめちゃめちゃ熱いトーナメントになっていると思うんです。男子の底力って半端ないし、女子に絶対負けないと思う」。大きな組織や社会の仕組みを変えるのは容易ではない。「いまは、一人だけ先走っている感じ」という焦りはあるが、その速度が驚異的ならば振り返る人も多いはずだ。今回、雨の茅ヶ崎で見せたパフォーマンスがそうだったように…。(神奈川県茅ヶ崎市/今岡涼太)
■ 今岡涼太(いまおかりょうた) プロフィール
1973年生まれ、射手座、O型。スポーツポータルサイトを運営していたIT会社勤務時代の05年からゴルフ取材を開始。06年6月にGDOへ転職。以来、国内男女、海外ツアーなどを広く取材。アマチュア視点を忘れないよう自身のプレーはほどほどに。目標は最年長エイジシュート。。ツイッター: @rimaoka