米国シニアツアー

全英シニアオープン観戦記(前編)

2002/07/29 09:00

by小松直行

リンクスでは、ゴルファーが生涯をかけて築いてきたものが現れるのかもしれない。自然が造り、歴史の詰まったロイヤル・カウンティーダウンでのシニアの闘いは淡々と進行していった。

「このコースが好きなんです。2年前に初めて参加したときには18位でしたが、それ以来、いい感じでプレーできています」

67で回った初日にそう語り、一度も首位の座を明け渡すことなく優勝を果たした須貝昇プロにとって、全英シニアオープン優勝は3度目の正直となった。シニア入りした一昨年、日本のシニアツアーでの勝利で資格を得て参戦し、35位までに与えられる翌年の出場権を去年も確保してついに栄冠を掴んだ。2日目に再び67でトータル8アンダーとした後には、まだ気負いは感じられなかった。

「信じられません。いま4打差ですが、どうせなら20打差ならよかったのに。週末は後ろを気にしながらプレーすることになりますね」

続く3日目には瞬間風速17m/秒にもなった強風の中で、連続ダブルボギーもあってスコアは73だったが、2位との差は6打に開いていた。54ホール時点での6打差は、欧州シニアツアー史上最大マージン記録の更新となった。ひとりアンダーパーを維持した須貝プロの落ち着いたプレーにメディアは驚き、ツアーの公式ホームページでも「この上なく見事な(superlative)」といった形容詞や、「欧州シニアツアーでも類を観ない不撓不屈のがんばり(the most dogged performance)」といった表現で絶賛された。

「どうなってるのか、まだ信じられません。ダブルボギーが二つ続いたときにはたいへんなプレッシャーを感じましたが、いまは風よ吹け、吹きまくれ、と願っています。私は上手に低い球を打てているので・・・」

「賞金は素晴らしいことです。しかし、私の欲しいのはトロフィーです。他の何よりも欲しい」

2000年の7月、生中継の下調べのためにロイヤル・カウンティーダウンを訪れていた私は、練習ラウンドをこなしている須貝プロの姿を見つけ、距離をおいてついていった。7番パー3で私の方を見たので、私はじゃまをしたのではないかと怖れて謝りに行くと、日本人がこんなところにいるとは思わなかったよと笑って、帯同を許してくださった。コースの難しさについて気さくに話してくださるので、私も調子に乗っていろいろと質問をしてしまった。

30代の頃、全英オープンの予選に出て「ひどい目にあった」と言っていた。どうやってもパーがとれずに、2度とリンクスではやりたくないと思って日本へ帰ったという。故障も経験し、つらい時期もあったそうだが、50歳になってから、なぜかもう一度チャレンジしたくなったのだと言っていた。そして3回目の今年、熱烈なリンクス愛好者であり全英オープン5勝のトム・ワトソンをして「今回はミスター須貝のトーナメントだ」と言わしめる見事なプレーを続け、ついにトロフィーを手に入れた。インタビューにゆっくりとした英語で答えていた須貝プロに、私は心から祝福の言葉を贈りたいと思った。

「この試合はメジャーチャンピオンシップです。私は本当にうれしい」

リンクスこそゴルフの原点と考え、そこで自分のゴルフの何かを見出したいと願うプレーヤーは少なくない。要求されるのは確かな技術と集中力。そしてひとたび風が吹いたなら、忍耐と不屈の精神力が求められる。自分ではどうにもできない「運」さえも条件に入れなければならないだろう。リンクスに挑む50歳以上のプレーヤーたちの気持ちに思いを馳せるとき、なんだか人生について納得してしまうのは私だけではないだろう。

著者プロフィール
小松直行(こまつ・なおゆき)

1960年横浜生まれ。GDO(ゴルフダイジェスト・オンライン)スタッフライター。CS放送におけるゴルフ中継アナウンサーとしても活躍中。筑波大学卒。東京大学大学院修士課程修了、同博士課程中退。専門はスポーツ社会学。資生堂研究員、日本女子体育大学専任講師を経て今春よりフリーランスに。同大学非常勤講師として教壇に立つかたわら、スポーツの伝え手たらんと鋭意修行中。テレビ朝日『ニュースステーション』リポーターをきっかけに、CNN『東京プライム』のキャスターを10年間つとめた。著書・訳書多数。ホームコースはカレドニアンGC。HD14。