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ISPSハンダ ゴルフワールドカップ
期間:11/24~11/27  場所: キングストン・ヒースGC(オーストラリア)

経験ではなく結果 松山&石川、日本チームの悔しさの理由

今回はワールド杯を持ち帰ることはできなかったが、次の大会は必ず!

◇国・地域別対抗戦◇ISPSハンダ ゴルフワールドカップ◇キングストン・ヒースGC(オーストラリア)◇7111yd(パー72)

2位じゃダメなんです――。世界一になりたい理由があった。松山英樹石川遼は、14年ぶりに日本へワールドカップを持ち帰ることだけを目指していた。28カ国中6位の通算14アンダー。優勝したデンマークには6打及ばなかったが、これがたとえ2打差でも、1打差でも、2人の表情はさほど変わらなかったはずだ。

日本人どころかアジア勢最高の世界ランキング6位に君臨する松山は「遼と組んで優勝したら、日本の男子のゴルフ界を変えられる」という一心で、石川をパートナーに選んだ。同学年の戦友のタレント性を考えたことも理由のひとつ。事実、現地取材した日本の報道陣は普段の米ツアーや、前回のワールドカップの3倍以上の人数だった。

だとしても、その選択を決断させたのは、相棒の豊富な海外経験、技術と実力を米国で目の当たりにしてきたからに他ならない。石川は故障から夏場に復帰した8月以降、日本ツアーで優勝し、その後も上位で戦ったが、世界ランキングは100位。数字的には日本勢で2番目の選手ではない。しかし今回、開催前週からコースに入り、試合への準備を進めていく上で、2人にかかるストレスは限りなく少ないように見えた。

バミューダやフェスキューといった日本のコースでは見慣れない芝にもすぐに対応策を講じ、外国人だらけの環境に特別な感情が湧くこともない。「全英みたいな寒さだ」「このグリーンはアメリカのあそこのコースみたいだ」と、会話するたびにフィーリングをすぐ共有した。米ツアーでともに戦い、米国選抜と世界選抜の対抗戦「プレジデンツカップ」にもそれぞれ2回出場。世界での団体戦も心得ている。いま松山がいる世界トップグループのトレンドに対し、最も理解がある日本人選手が石川だった。

だからこそ2人は今大会を経験の場ではなく、結果を出す場に位置づけていた。勝負の世界で、より多くの人に何かを伝えるためには、勝たなければいけない。2位では忘れられることも知っている。松山が「2人足して50歳」(石川は25歳、松山は来年2月に25歳になる)とつぶやいたコンビは既に、物事を「良い経験をした」で片づけてはいられない段階にある。

彼らが「良い経験」として持ち帰ることができるのは、初めてタッグを組んで呼吸を合わせ、2人の間で意見を交わし、試行錯誤したことに他ならない。いくら合同練習を重ねても、試合でしか分からないことはたくさんある。

今大会のテレビ中継でラウンドレポーターを務めたプロキャディ、杉澤伸章さんの言葉を借りよう。同氏は丸山茂樹伊澤利光が優勝した2002年大会で丸山のバッグを担ぎ、日本チームをサポートした。

「伊澤さん、丸山さんは2001年の御殿場で(のW杯で)コンビでのプレーを経験して2002年を迎えた。当時はなるようにしかならないし、お互いベストを尽くそうというくらいの気持ちだった。そういう意味で、2人はゆっくりスタートを迎えられたんです」

14年前、日本にワールドカップをもたらしたタッグにも、悔しい思いをした過去があったのだ。

W杯は次回以降、日本開催に向けた具体的な動きがある。2020年の東京五輪では、団体戦が加えられる可能性もある。松山&石川の2人が日本ゴルフを変えるタッグになる日、もしくは彼らよりも優れたコンビが生まれる日は来るだろうか。(オーストラリア・メルボルン/桂川洋一)

桂川洋一(かつらがわよういち)
1980年生まれ。生まれは岐阜。育ちは兵庫、東京、千葉。2011年にスポーツ新聞社を経てGDO入社。ふくらはぎが太いのは自慢でもなんでもないコンプレックス。出張の毎日ながら旅行用の歯磨き粉を最後まで使った試しがない。ツイッター: @yktrgw

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