【進藤キャディ手記】“救われた”かつての相棒 松山英樹へ「ありがとう」
まさに松山英樹選手の真骨頂を見せてもらいました。トーナメントリーダーで迎える最終日最終組。世界中のゴルファーが憧れてやまない「マスターズ」の舞台です。日本の悲願を背負い、誰も想像できないプレッシャーを感じていたと思います。その中でも堂々と、風格すら感じる王者にふさわしいプレーでした。
4日間を通じてスイングのフィニッシュが崩れる場面もありましたが、しっかりとフェアウェイを捉え続けていました。それこそが、いま松山選手が目指すスイングができつつある証拠なのではないでしょうか。
昨年12月に2人でラウンドしたときのことです。11月開催だった「マスターズ」以来と話していたラウンド中、目澤秀憲コーチとスイングについて通信アプリでのやり取りを欠かしませんでした。
僕はコーチではありませんから、スイングのメカニックを全て紐解くことはできません。それでも、専属キャディとして時間を積み重ねてきた中で松山選手の良いときと悪いときのスイング、世界で勝てる球を見極められる目と耳は養ってきたつもりです。
その日のプレーを見て、間違いなく2021年は勝てると確信しました。うなりを上げるような1Wショット、糸を引くようにピンへ向かってキレイな放物線を描くアイアン。パッティングもアドレス、打つまでのリズムに明らかな変化が見てとれました。
僕はもともと、松山選手のレイドオフ気味のトップが大好きでした。18年くらいからはクロスまでいきませんが、少しだけオーバースイング気味なのかな、とも。それが世界中で勝ちまくっていた時期とダブるようなトップになっていると感じました。本人は「どう?」と軽く感想を求めるくらい。「来年は悪くても絶対に2勝はできる!」と伝えると、少しうれしそうにしてくれました。
目澤コーチの存在は、チーム全体にも良い影響を与えたはずです。選手なら誰しも、技術的な相談相手となるコーチはストレス軽減につながります。日々のトレーニングやマネジメント、それ以外にも様々なことを考える余裕も生まれます。
早藤将太キャディ、飯田光輝トレーナー、通訳兼マネジャーのボブ・ターナーさん…チーム松山はそれぞれがやるべきことを決して妥協しない、本当にプロ意識が高い集団です。そこに加わった新たなピース。ことしに入ってトップ10入りがないことを指摘する声もありましたが、歯車さえかみ合えば、結果が出るのは時間の問題だったと思います。
昨年のコロナ禍での転戦は大変だったと聞きます。ゴルフ場とホテルを往復するだけの日々。食事はほとんどテイクアウトで済ませ、リフレッシュもままならない。最終戦の「ツアー選手権」に7年連続の進出を果たしても、優勝には届かず、チームの雰囲気が穏やかではなくなったときもあったそうです。松山選手はもちろん、チームみんなが一番欲しかったタイトルですべてが報われたことが本当に喜ばしいです。
少し思い出話をさせてください。
2016年「フェニックスオープン」でリッキー・ファウラーとの死闘を制し、その年の10月には「HSBCチャンピオンズ」で世界選手権シリーズのビッグタイトルをつかんだとき、間違いなくメジャーを勝つ準備が整ったと思いました。翌年「全米オープン」で2位。はっきりと頂点が見えました。
そして、2カ月後の「全米プロゴルフ選手権」。単独首位でサンデーバックナインに入っての敗戦でした。キャディ人生であれ以上の悔しさはありません。会う人に「全米プロで負けてから“勝てない癖”がついたんじゃないか」なんて言われたこともありました。
昨年取材で松山選手と対談する機会があり、「ことし一番悔しかったショット、思い出深いショット」を聞きました。「ことしというか、2017年の全米プロ最終日の11番ホールのセカンドショット。あそこからミスして負けてしまった悔しさが忘れられない」。予想外の答えでしたが、まったく同じ気持ちでした。
今回、優勝した松山選手のホールアウトを待ってくれていたジョーダン・スピース。彼は全米プロで負けたとき、励ましの言葉をかけてくれました。「優勝が遠くにあるように感じるかもしれないけど、そこの角を曲がったら、すぐにゴールは待ってる。君たちがこの戦いでまた強くなったことが、僕にとってはむしろ脅威だ」
ダスティン・ジョンソン、ロリー・マキロイ、スピース…かつて戦ったライバルのキャディやチームのメンバーが続々と僕のところにも祝福のメッセージを送ってくれました。アダム・スコットなんて、丁寧に本人からも。
僕は一緒にメジャーを勝つことはできませんでしたが、こうして松山選手が優勝してくれたことが本当にうれしく、止まっていた時間が動き出したような、救われたような思いです。
トレーニングをして、練習をして、ゴルフのことを突き詰めて、比喩ではなく血のにじむ努力してきたからこそ、オーガスタの女神は微笑んでくれたのでしょう。最終日、いままで勝って泣いたことがない松山選手が目を潤ませながらクラブハウスに向かう表情が忘れられません。本当におめでとうございます! そして、ありがとう!(プロキャディ・進藤大典)