うつ病と向き合う“ダンボ” 頭脳明晰 チョン・インジ<LPGA選手名鑑>
6月のメジャー「KPMG全米女子プロ選手権」最終日、レキシー・トンプソン選手との争いを制してチョン・インジ選手(韓国)が4年ぶりの“復活”優勝を飾りました。大好きなディズニーキャラクターからついたニックネームはそのまま“ダンボ”。自宅には食器やブランケット、ぬいぐるみ…とまさにダンボだらけだそう。LPGAツアー会場では、同じグッズを持参した熱狂的なファンからも応援されます。今週はフランスで「アムンディ エビアン選手権」。2016年のチャンピオンとしてメジャー4勝目を狙います。
■3カ国のナショナルタイトルホルダー
チョン・インジ In-Gee Chun
◆生年月日 1994年8月10日
◆出身 韓国・群山市
◆ルーキーイヤー 2016年
9歳でゴルフを始めたチョン選手がプロ転向したのは2012年、17歳のときでした。韓国ツアー初年度の翌13年「韓国女子オープン」で優勝、韓国ツアーの賞金ランキングで3位に入ります。15年には日本のメジャー「ワールドレディスサロンパスカップ」で優勝、さらに「全米女子オープン」で最終日に「66」をマークしてメジャーチャンピオンに。秋には「日本女子オープン」のタイトルも手にし、3カ国でナショナルオープンを制しました。
175cmの恵まれた体格もさることながら、スイングのバランスの良さが際立ちます。上半身と下半身が同じタイミングで回り、クラブのブレが少ないためショットが正確。また、スタート前のドライビングレンジでは地面に10yd刻みでヘッドカバーなど目印になるものを置き、100yd以内の距離感を確認しています。2016年には「エビアン」でメジャー2勝目。18年に母国での「LPGA KEB・ハナバンク選手権」で米ツアー3勝目を飾りました。
■「全米女子プロ」での復活とキャディの珍事
ところが2018年での優勝を最後に、調子は下降しました。19年の賞金ランキングは67位と低迷。20年は37位、21年は25位と再浮上しましたが、この数年はうつ病に悩んでいたのです。
支えになったひとりがコーチのパク・ウォンさん。スイングだけでなく彼女のメンタルにとっても大切な指導者で、精神的に辛い時期には韓国系アメリカ人のマネジャーとのコミュニケーションを深め、遠征中はレストランやショッピングモールなどに連れて行き、気分転換を忘れさせないようアドバイスも送っていました。
時間をかけてトップフォームを取り戻し、ついに結果につながったのが先日の「KPMG全米女子プロ選手権」。最終日、1打リードで迎えた最終18番。左サイドには池、右にはバンカーが待つグリーンを狙った第2打は、左足下がりで、ボールはディボットに入りかけているという厄介なライからでした。打った瞬間におかしな音がして、すぐにその場を振り返った様子から、地面には何か埋まっていたようです。
球が止まったのはグリーンの端、尾根を越えるロングパットが残りました。直前の不運もあり、普通であれば余裕をなくしてしまいがちですが、彼女はギャラリーに笑顔で手を振りながら、一定のテンポで歩いていました。きっちり2パットで締めくくった涙の優勝には、かつての“強いインジ”がよみがえったように感じました。
ところでその週は2015年の「全米女子オープン」と同様、ディーン・ハーデン氏とタッグを組んでいました。30年ものキャリアを誇り、あらゆる選手を通じて54勝をサポートしているベテランキャディ。開幕前日、ディーンさんが泊まっていたモーテルでは男性が撃たれる射殺事件がありました。他の部屋に宿泊していた約20人のキャディはみな、宿をすぐに変えたのですが、ディーンさんはそのままステイ。「事件後は警察が毎日見張っているのだから安全だ」と考えたそうです。「いろいろ記憶に残る1週間だった」と話していました。
■頭脳明晰 ストレス発散方法は
ゴルフはもちろんのこと、子どもの頃から頭脳明晰だったことでも彼女は有名。数学が得意で、プレー中もショットの刻み方や、グリーンの傾斜を使った攻め方もうまいとキャディの間で評判です。お姉さんは日本語を20年も習っており“ペラペラ”。チョン選手も英語で会話をしていると、ときどき「日本語でなんて言うの?」と聞いてきます。それで一度教えると、忘れずに覚えているので驚いてしまいます。
2021年にはテキサス州ダラスに自宅を購入。仲良しのキム・セヨン選手の勧めで近所に住んでおり、オープンウィークには互いの家を行き来して遊んでいます。料理が好きで友達に振る舞うことがストレスの発散方法。最近はステーキの焼き方やオイル、シーズニング(調味料のミックス)にこだわって色々試しているそうです。