<番外編・選手名鑑190>トランプ氏とゴルフのただならぬ関係(後編)
■ どハデな空気はやがて爆弾へ
多忙でプレーはできないものの、ドナルド・トランプ氏はゴルフ場には姿を現す。所有するコースで開催される試合には顔を出して中継に映り、ギャラリーと握手、記念撮影するなどアピールに余念がない。群がるギャラリーの動きや声が、選手のプレーに支障をきたしかけたこともあった。
コース内のカート移動も騒ぎを助長しかねないと、ツアー側から「場所を選んで」と注意を受けたこともあった。昨年の「WGCキャデラック選手権」でも、ボディに大きくTRUMPと書かれた自家用ヘリで降り立ち、優勝者の表彰式に登場。長女は大会前にクラブハウスで高級ブランドのファッションショーを企画し、人気選手がモデルとして登場し話題をふりまくなど、トランプ家は今までにない騒がしく派手な空気をPGAツアーにもたらした。
その空気は“爆弾”に変わる。トランプ氏の相次ぐ発言で、良好だったゴルフ界との関係は悪化の一途をたどっていった。昨年6月に共和党候補指名へ出馬表明した際のスピーチで、南米系移民を侮辱する言葉で表現し、米国に入れないよう国境に『万里の長城』を築くと発言。ゴルフは2016年8月のリオ五輪で112年ぶりに競技に復活する目前でもあり、影響は広がった。彼が所有するコースでの開催は難しいと、全米プロゴルフ協会主催で恒例となっているメジャー勝者のイベント試合が中止になった。
昨年7月に出版された米フォーチュン誌のインタビューで「ゴルフはエリートのもの。懸命に働き、いつかゴルフができるようになりたい!という憧れであればいい」と発言。競技人口低迷で試行錯誤する米ゴルフ界の対策に異論を唱えた。直後、米国のゴルフ4団体はトランプ氏と距離を置くと発表した。
■ 本当に愛している?ゴルフとの溝の行方は…
6日までトランプナショナルドラールで行われた今年の「WGCキャデラック選手権」でも最終日にヘリで来場したが、深刻な事態が起きている。スポンサーがトランプ氏のコースを避けたいとしているのだ。PGAツアーはフロリダ州マイアミにある名門ドラールで53年間も試合を行ってきた。世界から多くのギャラリーが集まって大きな経済効果を生み、試合による巨額の寄付金が地元チャリティ団体にもたらされてきた。マイアミは南米からの移民が多くトランプ氏を快く思わない人も多い一方で、恩恵がなくなるのは避けたい、とジレンマに陥っている。
トランプ氏は若手選手へのサポートを惜しまず、選手たちと良好な関係を築いてジョークのやりとりも楽しんでいた。昨年のキャデラック選手権では、ロリー・マキロイがミスショットした際、手にしていたアイアンを池に放り投げた。彼は素直に謝罪し、ツアーからの罰金は300万円から60万円に減額された。その顛末を知ったトランプ氏はダイバーを雇い、池でアイアンを捜索。翌日、笑いながらマキロイに届け、その様子はテレビ中継で映し出された。
その後、マキロイはトランプ氏にアイアンを手渡し、現在、コース内のプロショップに記念として飾られている。だが、選手たちは昨秋以降、微妙な距離感を取り始めた。外国人選手は「選挙権がないので関係ない」と避け、米国選手たちは「ゴルフと政治は分けて考え、論じてほしい」と静観している。
PGAツアーはトランプ氏が大統領に就任した場合も想定し、苦慮している。現コミッショナーは弁護士であり、民主党のジミー・カーター大統領時代に政策アドバイザーとしてホワイトハウスで活躍した経験を持つ。ゴルフ界に転身し、この20年で世界最大のツアーに成長させた敏腕だ。トランプ氏とツアーは切っても切れない関係のいま、コミッショナーがどのように仕切っていくのか腕の見せ所だ。
ゴルフ好きロックミュージシャンのアリス・クーパーや俳優サミュエル・L・ジャクソンらトランプ氏と交友のあった著名人も「彼はゴルフでインチキする」などと痛烈に批判。真偽は定かではないが、トランプ氏がビジネスマンのままだったら論争も起きなかっただろう。「ゴルフを愛している」「ゴルフ関連の人たちは良き友人」と公言しても「ゴルフ場経営はビジネスのためだけ」との声も強まってきた。嵐は過ぎ去るのか、それとも大きくなるのか、この溝の行方は大統領選が握っている。