2013年の記憶に残った一場面:息子と分かち合ったタイガーの「61」
By John Swantek, PGATOUR.COM
始めのメールが着たのは8月2日、東部時間午後1時36分、「WGCブリヂストン招待」2日目の序盤のことだった。
「タイガーが2ホールで3アンダーだよ!こっちはお祭り騒ぎだ!」
送信者は14歳になる筆者の息子・ニックだ。彼は同大会の国際配信を担当している私とともにアクロンに来ていた。そして、マナーモードにしていた携帯電話が振動し彼のテキストメッセージを受け取ったのであるが、ニックにとっては、220カ国、8億人の視聴者に向けて配信しているというこちらの状況もお構いなしという風だった。なにしろタイガーは歴史的快挙の達成に狙いを定めていたのである。
「これは特別なラウンドになるよ。きっと『59』も狙える!」というのが、続く3番でもバーディを目の当たりにしたティーンエイジャーの驚嘆だった。
何かしら歴史的な出来事が起こるかもしれないと感じた溢れんばかりのギャラリーは、フロント9を「30」でラウンドしたウッズと共に前半の折り返しを迎えた。歴史あるファイヤーストーンの舞台はモッシュピットと化し、身長160センチの息子も進んでその熱狂に身を任せた。
10番と11番のバーディの後には「こんなに大きい歓声は聞いたことない!」と送ってよこした。
首位に立つウッズが12番と13番でもバーディを量産すると、「信じられない!彼はミスしようがないんだ!」。
その卓越した力、その驚くべき業績、そしてこれまで我々が目にしたことのない、あるいは今後も目にすることがないであろう抜きん出た能力を持ってしても、タイガー・ウッズは「59」を出したことがない。それでも、パー70のコースで残り5ホールとなったところで9アンダーと、彼は歴史の扉を開こうとしていた。皆がそれぞれ「59」へ向けた目算を巡らせるなか、ハイスクール一年生の息子は別の角度から方程式を解いたようだった。
「58!」
それは少々野心的に過ぎる予想であったし、結局のところ、実際のスコアからは3打はずれていた。バーディが枯渇したウッズは、残りの5ホールを全てパーとしたのであるが、それでも最終ホールでは世界中が息を呑むような木々の中からパーセーブで締めくくるなど、十分に魅力的な「61」でこの日のラウンドを終えた。私の息子も含め、鮨詰め状態の18番のスタンドに陣取ったギャラリーたちは、20フィートのパーパットがカップの底を鳴らした瞬間、比類なきタイガーの象徴となっている空に向けて人差し指を突き出すシーンを目に焼き付けたのである。
公私ともに、この日は私にとって忘れられないものとなった。これまでのゴルフのトーナメントにおいて、この日のダイハードに記録を狙い行ったタイガー・ウッズの進撃を凌ぐ場面を思い浮かべるのは難しい。息子の目、そして息子のテキストメールを通して経験してしまっているだけに、尚更だ。