マスターズ・ベストショット その1(2012年版) by 中井学
バッバ・ワトソン「The shot」/10番ホール 495y Par4
ゴルフファンの誰もが驚愕し、感嘆の声を上げた「The shot」はLウーストハイゼンとのプレーオフ2ホール目の10番、495yのPar4で生まれた。緩やかな左ドッグレッグの打ち下ろしで、フェアウェイセンターからやや左サイドにティショットを運ぶのがベストのホール。ここでバッバは一打目を大きくフックさせ、右の林へ。(バッバはレフティなのでフックは右) ピンまで残り155y、バッバにとってはショートアイアンが打てる距離ではあったが、グリーンまで40y以上フックさせなければならず、ウーストハイゼンも「彼が林のどこにいるかわからなかった」と後述するほど、誰の目からもピンチであることは明白だった。でも、バッバ本人だけは違った。「Same as usual」(いつもと同じ)プレーだった。彼は通常、フェアウェイど真ん中からでも、ほぼ球を左右どちらかに曲げて打つ。契約メーカーのアイアンも「最新のものより曲げやすいから」との理由で、3世代前のモデルを使用している。要は「常に曲げている」わけだ。
ここで彼がすべきことは一つ。52度のウェッジでティショットと同じようにフックさせることだけだった。パトロンの歓声に押し出された球はピン横3mに。2パットのパーで、ボギーのウーストハイゼンを退けて、念願のメジャー初制覇を飾った。
勝利後のインタビューでバッバはこう答えている。
「意外とやさしかったよ」
メディアもファンも耳を疑った。でもそれは彼の本心なのかもしれない。
ゴルフはターゲットゲーム。ピンに近づければ近づくほど良いのだが、多くのゴルファーは、それを「ストレートな球筋」でしか達成できないと思い込んではいないだろうか?「美しいスイング」でしか達成できないと思い込んではいないだろうか?そんな「思い込み」をバッバは一蹴した。指導者としての私に、「ゴルフをわかった気になるなよ」と、改めてゴルフの本質を語ってくれた一打だった。(プロコーチ/中井学)