2人のレフティーと明暗を分けたタイガーの洞察力
2012年の「全米オープン」木曜日の第1ラウンド、最初のホール(9番)。タイガー・ウッズは同組のスター選手2人を追いかけるようにフェアウェイを歩いていた。フィル・ミケルソンとバッバ・ワトソンははるか先を行く。まるで意図的に、その行為に何か意味を持たせるかのようにタイガーは2人と距離を保ち、一人で歩いていった。
その姿は、自分のペースで、自分のゴルフをするという姿勢を見せつけているようだった。そして、終わってみれば、ショーン・フォーリーとタッグを組み始めて以来、恐らく最高となるゴルフを見せてくれた。タイガーが同組の2人を追いかけたのは、あの最初のホールのフェアウェイが最初で最後だった。
この日、タイガーは確実に優勝争いに入るであろう1アンダー「69」でラウンド。その内容は目を見張るものがあった。ショットメイキング、判断力、コースマネジメント-全てにおいて彼は持っている技術をフルに活用した。タイガーは、オリンピッククラブのコースセッティングが練習日の時とは別物であることをラウンド序盤で気付いた。前日夜からコースは格段に硬くなっていて、コース攻略を変える必要があった。
湿っている地面には高弾道でより遠くに飛ばす。ただ、硬くなった芝への対処法として、アイアン、3番ウッドによる低弾道ショットで、コントロールを優先することだった。この作戦変更によって、精神的にもストレスの溜まる難関コースを見事に攻略した。ミケルソン、ワトソンとは対照的だった。
意外にも、17度目の全米出場で初日に70以下で回ったのは今回がまだ4度目のタイガー。「自分のゲームプランを実行できたことが本当に嬉しい。」
一方、ミケルソンとワトソンがこの日唯一達成したことといえば、優勝のチャンスを自ら掻き消してしまったことだろう。ミケルソンは6オーバー「76」、ワトソンはそれより2打悪いラウンドだった。今年から上位60位と60位タイのみが決勝ラウンドに進出するため(60位以下でもトップから10打差以内であれば決勝ラウンド進出できていたが、今年からルールが変更)、この2人は金曜日のラウンドで何とか週末に駒を進めるためにもがくことになるだろう。
「良いチャレンジになる。このラウンド(初日)は忘れたい」とミケルソン。
確かに、最初のホールとなった9番のティショットは忘れた方がいい。最初にティショットを放ったミケルソンのドライブは右の林に吸い込まれていった。そして、林に入ったまま見つかることはなかった。午前7時33分という早いスタートだったが、既にギャラリーは何列ができていて、ラフに落ちていればボールは必ず見つかっていたはずだ。
ボール探しを諦めたミケルソンは、ウッドを片手に一人ティボックスに歩いていった。2度目のティショット(3打目)はフェアウェイに落ち、カートに乗って前に追い付いた。この時点で既に最初のティショットを打ってから12分が経過していた。ボギーで逃れるも、ラウンドの“流れ”はできてしまった。直後に2つボギーが続き、我慢の一日となった。「悪い流れを打ちきれなかった。止めることができなかった」。
ボギースタートを切ったワトソンも似たようなものだった。マスターズを勝った時の“マジック”は影をひそめた。3ホール目(11番)ではミススイングで1打失った。10ホール目(18番)では、アプローチでクラブがラフに絡みダブルボギー。これで戦意喪失したのだろう。結果は7ボギー、1ダブルボギー。ラウンド後、ワトソンはパワーでコースを攻略する作戦は失敗に終わり、オリンピッククラブに打ちのめされたと話した。
「このゴルフコースは俺にはタフすぎる」とワトソン。唯一、メジャー年間グランドスラム達成の権利を持っている選手から聞きたい言葉ではない。
この日、タイガーにとって分岐点となったのは2ホール目だった。パー4、10番ホール、タイガーのティショットはミケルソン、ワトソンのボールのはるか先を行き、2打目は60度ウエッジ、高いボールでピンを狙いにいける位置にいた。そのショットはグリーンを捕えた…が、ボールは転がり、結果、グリーンを外した。パーで凌ぐも、それと同時に、タイガーはコースの状況が昨日までとは一変しているという貴重な情報を得ていた。
そこからタイガーは低い弾道のショットでボールを転がす作戦に移った。それがはっきりと表れたのがパー5、17番。ティインググランドが前に移動され、この日のヤーデージは508ヤード。スコアカードに記載されていた飛距離は522ヤードだった。
タイガーはティショットに3番ウッドを選び、フェアウェイど真ん中を低弾道ボールで攻めた。左から右に傾斜しているフェアウェイのおかげで右サイドのファーストカットまで転がり止まった。タイガーはキャディ、ジョー・ラカバと目を合わせ「どうしようもないだろ」と言うように苦笑いを浮かべた。
一方、ワトソンはピンク色のドライバーを手にし、フェアウェイ左サイドに完璧なボールを放った。ただ、2打目地点に行ってみるとタイガーの方が飛んでいた。「練習ラウンドではボールがそこまで転がっていなかったからティショットはウッドで打っていた。今日は下が硬かったし、練習ラウンドと比べるとティインググランドも前に移動していた。20ヤードも短くなっていた。20ヤードはかなりの差だ。気付いたらスロープの底近くまで運ぶことができて、ドッグレッグもクリアできていた。調整する必要があった」とタイガー。
反対に、ミケルソンはまったく調整することができなかった。最初のホール以外にも、11番ホールでのドライバーは大きく右に外れ、14番では3番ウッドのティショットがフェアウェイを外し、ギャラリーを直撃した。ボール地点に着いたミケルソンは当ててしまったファンに使用前ボールをプレゼント。すると、ギャラリーの中から「次は俺を当てて!」と声が挙がったかと思うと、別方向から「だったらフェアウェイに立ってろ」という皮肉たっぷりな返答が。
いつもならどんなヤジにも何か反応するミケルソンだが、この時だけは無言だった。彼のプレーは一向に良くなる気配はなく、ヤジと罵声を相手している余裕もなかった。キャディのジム“ボーン”マッケイは15番ティでミケルソンにアドバイスを与えたが、特効薬にはならず、再びミケルソンのティショットは右サイドのギャラリーに飛んでいった。
この時点で米国3大スターの激突はタイガーの独り舞台になっていた。タイガーは今季既にPGAツアーで2勝挙げているが、スコアメイクが難しいこの日のコンディションを考慮すれば、彼とスイングコーチのフォーリーにとってこれまでで最高のラウンドと言っても過言ではない内容だった。
そして、タイガーは完璧なショットを放った。ワトソンが冗談交じりにタイガーのキャディバッグの中を覗き込んでいた。成功の秘訣はなんだ、と言わんばかりに…。
「あれは昔のタイガーだった。見ていて気持ちよかった。みんなあのプレーを見に来ている。近くで見ていて興奮した」とワトソン。今季序盤のAT&Tペブルビーチプロアマ選手権でタイガーとミケルソンは同組で回った。その時、タイガーに11打差を付けたミケルソンだが、今日は完敗。「素晴らしかった」と一言。
とはいっても、まだ1ラウンドを終えたばかり。タイガーは最高の内容であっても首位には立てなかった(マイケル・トンプソンが4アンダーでトップ)。ただ、今日のようなゴルフをあと3日間続ければ4度目の全米制覇は自ずと見えてくる。引き続きコース状況を正しく読み、理想のショットを打てれば、の話だ。
「あと3日、(今日のようなプレーが)必要だ」とタイガー。数分後、彼はクラブハウスに向かっていた。今回は、誰の背中も追いかけていなかった。――By Mike McAllister, PGATOUR.COM