リスク承知で抜いた1W 渋野日向子が流れを引き寄せた一打
◇海外女子メジャー◇AIG全英女子オープン 最終日(4日)◇ウォーバーンGC(イングランド)◇6585yd(パー72)
12番グリーンに一つ前の組のパク・ソンヒョン(韓国)とモーガン・プレッセルの姿が見える。ティイングエリアでは渋野日向子が、じっと待ち続けていた。「まさか…狙うのか?」。ギャラリーたちの不安そうな声は、時の経過とともに大きくなった――。
ティが前に出ていることを確認した渋野は1Wを握ると決めていた。キャディを務めた青木翔コーチは「フォローだったら1Wで良いよとは言っていた。パッと顔を見たら(渋野が)『いいですか?』って顔をしてるんですよね」とほほ笑んだ。
単独首位から逆転を許し、12番を迎えた時点でトップと2打差だった。グリーンの右手前側には大きな池。ピンは右奥、刻んでバーディを獲る選手も少なくない。ましてや、メジャーの大舞台で優勝を争う局面だ。渋野自身も3日間は刻んでいた。ただ「まったく迷いはなかった。トップだったとしても、関係なく1Wを持った。そこで攻めなかったら、後悔する」と揺るがなかった。
グリーンの奥には、ティイングエリアからも見える4本のフラッグが立っていた。「(安全に)一番左のフラッグを狙っていこう」と青木コーチ。しかし渋野は「アドレナリンも出ていた。振ったら飛ぶと分かっていた。だから、だいぶピン方向(右)を狙っちゃった(笑)。自分が思っていたより右に出たけど、中央くらいに置こうとは思っていた」
グリーン脇にある巨大モニターがティイングエリアの様子を映し出した。首をひねってモニターを見る観客たちは、渋野が放った直後にグリーン方向を一斉に向く。白球が、池へと下る傾斜のラフとカラーをわずかに超え、鈍い音ともに湿ったグリーンに止まった。3yd足りなかったら、池に転がり落ちただろう。ギリギリの攻防に、ロープの外は安堵(あんど)の声が響く。それは渋野がグリーンに上がるとき、歓声に変わっていた。
10mほどのイーグルパットは決まらなかったが、首位と1打差に迫るバーディを奪った。「10番あたりで、また優勝を意識した。後半は3日間とも伸ばせているので得意な感じがあった」。その後3バーディ。勝負所を前に、流れを完全に引き寄せた一打だった。
結果を求めた上での判断だったと思う。しかし、渋野は試合後にこう言った。「観客の人たちが喜んでくれるプレーをすることはすごく大事」。そんな言葉の裏にあるのは父・悟(さとる)さんの教えだ。「スポーツ選手なんだ。結果だけじゃない。仮に結果が出なくても、みんなが喜んでくれるようなプレーで魅せないといけない」。プロではなかったが、筑波大時代に砲丸投げと円盤投げの国体選手だった経験から、娘に伝えてきたことだった。(イングランド・ウォーバーン/林洋平)