<意外と武闘派!? 手嶋多一の意外な一面>
今年も始まったジャパンゴルフツアーのプロたちによる“ゴルフ伝道の旅”。選手たちがオフにリレー方式で全国各地の小学校を訪ねて、ゴルフの楽しさを伝えて歩く試みは早くも4年目を迎え、無邪気な子供たちの前で選手たちが見せる“目からウロコ”の新たな魅力発見は、さっそく2人目の手嶋多一だった。
人前で話すことがとにかく苦手なようで、始まる前から「やっぱり帰らしてもらう」とか「10分で話を切り上げる」とか、散々弱音を吐いていたものだが、いざとなったらやはり、根っからの九州男児だ。大勢の小学生の前に立つと途端に肝が据わった。朗々とした声で切り出したのは、子供の頃に抱いていたもうひとつの夢。「本当は僕はF1レーサーになりたかったんです」。連続16年のシード権は、今年の賞金シード70人の中でも最長となるベテランだ。同行したJGTOのスタッフも、もう長い付き合いとなるが、それは初耳だった。
お父さんのゴルフ好きが高じて手嶋が8歳のときに、練習場の経営に乗り出したのを機に、自分もこの道に進んだそうだが、「車は今も大好きで、本屋に行ってもゴルフ雑誌には目もくれず、車の本ばかりを読みあさるほど」という。
さらに、これは講演会のあとの雑談で打ち明けたことだが先日、東京の有明の東京ビッグサイトで行われたゴルフフェアにはまだ一度も顔を出したことがないくせに、そこで行われる東京モーターショーにはどんな予定も返上で、駆けつけるという。
ちなみに今回、手嶋が“伝道師”として訪れた小学校は、広島と山口の県境に位置しており地元福岡の自宅から高速を飛ばせば3時間もかからない。てっきりこの日も愛車で来たのだろうと思いきや、「冗談やめてよ、新幹線ですよ」と、しゃあしゃあと言う。「あれ? 車が好きなんじゃあ・・・」。「いや、車は好きやけど運転は嫌いなんよ」。「だってさっき夢はF1レーサーって・・・」。「いやいや、そうだけど運転は嫌いなの」の一点張り。
この矛盾はさらに話を掘り進めると、理解出来た。そのほかに、手嶋には「怪奇番組を見る」という趣味があることが分かったのだが、その理由が「あのドキドキ感がたまらなく好きだから」。なんでもシーズン中は、どんなにヘトヘトでも最終日の日曜日には大慌てで帰って、“怪談”でおなじみの稲川淳二氏のライブトークショーを見に行くというほどの懲りようらしい。
「怖い話を聞いて、ゾクゾクするのがすごく好き」と言われて納得がいった。確かに、車の運転も、ただ一般道を走るだけならドキドキはしない。むしろ退屈さのほうが多く、それが長時間にもなれば眠気や腰の痛みなど、むしろ苦痛のほうが勝ってしまうこともある。
しかし「F1」は別なのだ。つまり、この人はあくまでも、競争することが好きなのだ。超高速でスポーツカーをぶっ飛ばして、ゾクゾクするほどのスリルを味わってみたいのだ。そしてその嗜好はゴルフにも通じる。確かにこの人は、昔からプレー中に派手なアクションとかもないし、激しく感情をあらわにすることもない。無類の感覚派で、今となっては希少な職人肌も、しかし優勝争いの最中には、獰猛な勝負師の眼光を閃かせることがある。
普段はいいあんちゃんといった風情の手嶋だが、実は本能的に戦うということ、それ自体が好きでたまらないのだ。そこで味わうプレッシャーですら、この人にとっては無上の快感なのだ。たまたま肝試しの場として選んだのがゴルフだったが、きっとどのジャンルに行っても相当に高いレベルで成功していたに違いない。
講演会で子供たちに、「一番のライバルは誰ですか」と聞かれた。普段からあまり本音を言わない選手だから、適当にお茶を濁して「自分自身がライバルです」とか言うのだろうと思っていたら、そこは躊躇なく「自分以外の選手全員がライバルです」と、きっぱりと答えた。この気概を常に持ち続けているからこそ、40歳をとうに超えても第一戦で活躍し続けることが出来る。こういう選手をプロの中のプロというんだろうなと、今さらながら妙に感動してしまった。