見えてきた松山英樹がメジャーを制する日
グリーンサイドでカメラを構えながら、何度息を飲んだことだろう。ファインダー越しに松山英樹がゆっくりとパターをストロークしていく。思いを乗せた球はその日終盤、どよめきのような歓声を残して次々に視界から消えていった――。
あの雰囲気を正確に伝える言葉を、今はまだ見つけられずにいる。確かに、“アメリカ人”リッキー・ファウラーへの応援が大多数を占めていた。「(応援の)99%は僕じゃない」と言った松山の言葉にも間違いはない。だけどそこに、異物はなにも存在していなかった。2人はそこにいて、1つの頂点を争って戦う、対等な1人の男と男だった。
自分にとっては2年ぶり2度目の取材となったアリゾナ州のTPCスコッツデール。今回は16番(パー3)の巨大スタンドも、いたるところで奇声を上げる酔っ払ったギャラリーたちも、気にはならなくなっていた。初めて来たときは、ロープ内を歩くだけでちょっかいを出されて、萎縮したり、緊張したりしていたのに。それはある種の“慣れ”なのかもしれなかった。
当の松山も「普通にできた」と振り返った。最終日の17番で優勝のチャンスが眼前に迫っても「普通にできた」と繰り返した。優勝争いの渦中、ティグラウンドから歩いてくる姿を撮ろうと前方正面で待ち構えている顔見知りのカメラマンを発見した松山は、両手を顔の横で広げた“おかしなポーズ”で、いたずらっ子のようにふざけてみせた。そして、その数時間後には、なにごともなかったようにウィナーズジャケットに袖を通した。
松山は、アメリカのギャラリーだけではなく、世界ランク4位のリッキー・ファウラーのような選手を相手に一歩も引かずに戦うことに“慣れた”のだと思う。昨シーズンから現在まで、米国男子ツアーでのトップ5入りはすでに8回。それ以上の回数を誇るのは、世界ランク1位のジョーダン・スピースと同3位のジェイソン・デイ(オーストラリア)の2人しかいない。
この優勝を目撃して、自分にも武者震いするような思いが湧きあがった。これまで、“そんなことは簡単には起こらないだろう”と心のどこかで油断していたこと。それは、日本人として初の4大メジャー大会制覇、より具体的には「マスターズ」での優勝だ。そのとき、どんな原稿を書けるのか? アリゾナの乾いた空気の下で見た松山のプレーは、そんなプロの覚悟を突きつけてきた。
今回、松山が優勝した「ウェイストマネジメントフェニックスオープン」は一週間で60万人以上のギャラリーが訪れるビッグイベントだったが、「マスターズ」はまた違った空気感に包まれている。部外者を簡単には受け入れない敷居の高さ。表向きはニコニコと歓迎を装っても、腹の中ではよそ者とは明確に線を引きたがるような雰囲気がある。その空気に飲まれ、自分が勝っていいのだろうか? などという疑問がちらっとでも湧いた選手はきっと勝てない。その隙を突いて心にプレッシャーが忍び込んでくる。
今大会の最終日。ファウラーが見せた、ただ1ホールのミスに対し、松山は1つのミスも犯さなかった。周囲の喧噪も気にしなかったし、そのプレーで逆に自らの存在を大ギャラリーに認めさせた。気後れするような見えない壁など、彼の前には存在していなかった。
松山は「手強いなと思われたいし、あいつとはやりたくないと思われるような存在になりたい」と静かに語った。その言葉はまだ英語には翻訳されていないはずだ。だが、行動は言葉よりも雄弁に物語る。そろそろ、周りが松山に対して見えない壁を感じる番だ。(アリゾナ州フェニックス/今岡涼太)
■ 今岡涼太(いまおかりょうた) プロフィール
1973年生まれ、射手座、O型。スポーツポータルサイトを運営していたIT会社勤務時代の05年からゴルフ取材を開始。06年6月にGDOへ転職。以来、国内男女、海外ツアーなどを広く取材。アマチュア視点を忘れないよう自身のプレーはほどほどに。目標は最年長エイジシュート。。ツイッター: @rimaoka