トム・ワトソン、ゴルフの聖地に別れを告げる
強風の影響で一時中断となり、石川遼の組は21時を過ぎた頃にようやく17番へとたどり着いた。日も暮れかかり、気温も低い。石川と2日間を同組で回るトム・ワトソンは、16番でボギーを叩いて通算4オーバーへと後退。予選通過は絶望的な状況となっていた。
ワトソンが放った17番の第2打はグリーンに落ちたものの、そのまま奥へと転がり落ちてラフで止まった。「最後のセントアンドリュースだし、ギャラリーを湧かせようとして奥へ打ったのかな。でも、もう若くないから勢いが無いですね。道路の向こうまでは行ってない」。石川を追い、この組を一緒に取材していた記者が言う。彼が持ち出したのは1984年の話だった。
1982年、1983年と全英オープンを連覇したワトソンは、この年セントアンドリュースで開催された大会でも3日目を終えて首位タイに立っていた。この大会に勝てば3連覇と共にハリー・バードンの持つ全英6勝の大記録に並ぶ。しかし、17番の第2打をグリーン奥にある石垣付近まで外してボギーを叩き、前の組で回るセベ・バレステロスが18番をバーディフィニッシュ。その栄光はするりと手の平からこぼれ落ちた。
150周年を迎えた今年の全英オープン。ワトソンは今回が自身最後のセントアンドリュースでの全英オープンになることを理解していた。5年前のジャック・ニクラスがしたように、18番のティショットを終えると、スウィルカンブリッジの上でギャラリーに手を振って別れを惜しんだ。石川が振り返る。「ブリッジで撮影している時からもの凄い拍手だし、そこから200ヤード位歩いてくる間に一回も拍手が鳴り止まなかった。感動というより、寂しくなるのかなという気持ちでしたね」。
ワトソンの第2打は、カップのすぐそばで止まり、タップインバーディで最終ホールを締めくくった。ホールアウト後の18番グリーン上で、ワトソンが石川に話しかける。「君のスイングはずっとそのままでいい。君はとても良いゴルファーだよ」。
「こんな歴史的瞬間に立ち会うのが僕でいいのかな」。そんな疑問を感じていたという石川だが、ワトソンの言葉を聞くと涙が溢れた。「一生の宝になる経験をさせて貰いました。自分もそういうものを受け継いで頑張っていかないといけないと思いました」。多くの人々に感動を与える偉大なゴルファー。その幕引きに立ち会った石川は、ワトソンから心のバトンをそっと手渡されたかのようだった。(編集部:今岡涼太)
■ 今岡涼太(いまおかりょうた) プロフィール
1973年生まれ、射手座、O型。スポーツポータルサイトを運営していたIT会社勤務時代の05年からゴルフ取材を開始。06年6月にGDOへ転職。以来、国内男女、海外ツアーなどを広く取材。アマチュア視点を忘れないよう自身のプレーはほどほどに。目標は最年長エイジシュート。。ツイッター: @rimaoka