2022年 プレジデンツカップ

世界選抜の最大勢力・韓国 “たたき上げ”4分の3が意味するもの

2022/09/27 17:11
韓国勢は大量4人を世界選抜に送り込んだ。左からイ・キョンフン、キム・ジュヒョン、キム・シウー、イム・ソンジェ(写真は3日目)

◇米国選抜VS世界選抜対抗戦◇プレジデンツカップ 最終日(25日)◇クエイルホロークラブ(ノースカロライナ州)◇7576yd(パー71)

欧州を除く12人で構成される世界選抜にあって、今回最も多い4人の選手を送り込んだのが韓国だった。14回目の開催となった対抗戦の歴史において、チームの最大勢力として中核を担ってきたのはオーストラリアと南アフリカ。アジアの国が最多となるのは初めてのことでもあった。

2003年大会で韓国から初めてチーム入りしたチェ・キョンジュは、アシスタントキャプテンの1人として後輩たちを頼もしそうに見つめる。「2003年、南アフリカのときは(韓国から)1人だけで大変だった。僕が米国に来たのは30歳(になるシーズン)からだったし、英語はとても難しい。でも、若い子たちは積極的に海外に出て、英語圏を経験している。友人もできるし、気持ちよくプレーできる」と時代や意識の変化を語る。

最終日のシングルス戦では、世界選抜が挙げた5勝のうち3勝を韓国勢がマークした。特にキム・シウーは最初のマッチでダブルス戦4連勝中だったジャスティン・トーマスを撃破。当地で行われた2017年「全米プロゴルフ選手権」も制した、絶大な人気を誇る格上の相手だ。完全アウェーの中、最終18番のバーディで競り勝つ姿はチームを大いに勇気づけた。

キム・シウー(右)は最終日のシングルスでジャスティン・トーマスを破るなどチームトップ3勝を挙げた

若くしてアジアンツアーの賞金王に輝き、スポット参戦した昨季のPGAツアー「ウィンダム選手権」で優勝とすさまじい勢いでキャリアを積み重ねる20歳のキム・ジュヒョンを除けば、3人とも米下部コーンフェリーツアーからはい上がってきた選手だという事実は見逃せない。

特にイ・キョンフンイム・ソンジェは、かつて日本ツアーで戦っていた。松山英樹と同学年のキョンフンはアマチュア時代から有名であり、ソンジェも10代で日本の賞金シードを獲得したホープだった。それでも、PGAツアー定着を果たしてタイトルをつかむまでには過酷な下部ツアーの環境に飛び込んで地道に力をつける時期を過ごした。

キョンジュは「多くの選手が後に続いてくれる中で、彼らはより多くの情報を集め、技術を磨き、フィジカルを鍛えている。僕よりも、ずっとね。将来的には、もっといい選手が現れるはずだ。それが楽しみで仕方ない」と話す。

実際、2021年7月「日本プロゴルフ選手権」を勝った24歳のキム・ソンヒョンは日本に長居することなく米下部ツアーに挑戦。昨季優勝するなど好成績を収めてツアーカードを獲得し、今月の新シーズン開幕戦から新たな一歩を踏み出している。

チーム最年少20歳のキム・ジュヒョン(右)は3日目のダブルス戦で2勝。いずれも韓国の先輩と組んだ

日本がプレジデンツカップに複数の選手を送り込んだのは、丸山茂樹尾崎直道がメンバー入りした1998年が最初で最後。2013年から5大会連続出場と松山英樹の孤軍奮闘が続く構図は、4大メジャーでの日本勢の戦いぶりと共通している部分もあるかもしれない。

シウーとジュヒョンがダブルス戦でパトリック・カントレー&ザンダー・シャウフェレのペアに劇的な勝利を収めたように、同じ国の2人が組んで米国の強豪に立ち向かう姿は見ていて熱くなるものがあった。何より、世界選抜で確かな地位を築いている松山の経験値を直接受け継ぐ存在が出てこないことがもどかしく、そしてもったいない。

算出方法の変更によって日本ツアーで獲得できる世界ランキングポイントが減少し、国内の試合でランクを上げて大舞台の出場資格を得る“手近”な道は今後確実に狭まっていく。下部ツアーからの下積みという一見すると遠回りな歩みこそ、最高峰の舞台にたどり着く有効なルートであることは韓国勢の活躍が証明している。(ノースカロライナ州シャーロット/亀山泰宏)

■ 亀山泰宏(かめやまやすひろ) プロフィール

1987年、静岡県生まれ。スポーツ新聞社を経て2019年にGDO入社。高校時代にチームが甲子園に出場したときはメンバー外で記録員。当時、相手投手の攻略法を選手に授けたという身に覚えのないエピソードで取材を受け、記事になったことがある。

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