松山英樹の撮影はせず…裏方は“カメラを持たない”フォトグラファー
◇東京五輪 女子3日目(6日)◇霞ヶ関CC東コース(埼玉県)◇男子7447yd、女子6648yd(パー71)
東京五輪男子ゴルフの最終日、松山英樹がメダル獲得の最後のチャンスに懸けた最終18番グリーンを大勢のフォトグラファーが取り囲んだが、その中に“カメラを持たない”フォトグラファーがいた。その人はGDOでも活躍する通称「JJ」こと田辺安啓(たなべ・やすひろ)さん。東京五輪では仕事道具のカメラを置いて、東京2020組織委員会の一員として、世界各国から来るフォトグラファーたちの円滑な撮影活動を支援するのがその役割だ。
世界中でプロツアーが発展しているゴルフ界だが、オリンピックという巨大イベントに組み込まれたときは少し勝手が変わってくる。「ゴルフトーナメントはそれだけで完結するけど、オリンピックにはもっと上(のレイヤー)があるんです」と田辺さんは言う。例えばその日、最終18番のグリーン周りには当初、青いユニフォームを着たボランティアスタッフを入れる予定はなかったが、最終組がハーフターンするころに急きょ入れることが決まった。
「最初はそこにフォトグラファーを入れる予定だったんです。だけど、ボランティアが入ってしまうとフォトグラファーが通れない。ロープ内を通るにしても、グリーン奥にバンカーがあって通れない。だから、急きょローピングを変更してもらいました」という。それもただ、自分たちで勝手にロープを動かせば良いというわけではない。しかるべき部署に連絡して、その担当者が作業しないと、運営上不具合が発生してしまうことがある。そんな手続きを踏まないといけないのが、巨大組織の鉄則だ。
だから、松山が決めれば銅メダルとなる72ホール目のバーディパットを打つときも「松山英樹より、フォトグラファーの動きを見ていました」と、田辺さんは与えられた仕事に徹していた。「もちろん、松山も見ていましたけどね(笑)」
フォトグラファーだけでなく、コースに出る私たち記者も田辺さんたちの恩恵にあずかっている。今大会はメディアセンター内に売店が設置され、食べ物や飲み物を販売している。通常のゴルフトーナメントでは、取材する記者たちのために無料で水やお茶(ほとんどの場合、朝食や昼食まで)が用意されるが、今大会は無料でそれらを提供しては、売店が成り立たない。だが、記者やフォトグラファーが180円の水や、280円のスポーツドリンクを買うことにちゅうちょして熱中症で倒れたり、仕事がおろそかになったりしては元も子もないというのが、ゴルフ取材現場での常識であり、慣習である。田辺さんらが働きかけて、“暑さ対策”という名目でメディア用に無料で提供できる飲み物を確保して、ボランティアスタッフを使ってコース内の定点に置いたり、カートや徒歩でコース内を巡回したりしながら、水やスポーツドリンクを提供してくれている。
そんな、オリンピックという巨大イベントと、すでに成熟したプロゴルフ界の橋渡しをするような役割だが、田辺さんは「トーナメントがどういう仕組みで成り立っているのか勉強になって、とても面白い」とこの任務を楽しんでいる。自国開催のオリンピックで、日本人初のメダル獲得が決まるという瞬間でさえ、写真を撮りたいという衝動にかられなかったのだから…本気だ。
それでも、もちろんこれからも写真は撮り続けたいという。「この仕事をして、視野が広がったと思うので、またゴルフトーナメントを撮影するのが楽しみです」と言いながら、きょうもペットボトルが詰まった段ボールを小脇に抱え、炎天下のコースへと向かっていく。(埼玉県川越市/今岡涼太)
■ 今岡涼太(いまおかりょうた) プロフィール
1973年生まれ、射手座、O型。スポーツポータルサイトを運営していたIT会社勤務時代の05年からゴルフ取材を開始。06年6月にGDOへ転職。以来、国内男女、海外ツアーなどを広く取材。アマチュア視点を忘れないよう自身のプレーはほどほどに。目標は最年長エイジシュート。。ツイッター: @rimaoka