2020年 全米女子オープン

復調でも原点回帰でもない 渋野日向子は進化の真っただ中

2020/12/16 06:45
渋野日向子の進化はメモと向き合う場面の多さにも見て取れる※撮影は大会3日目

◇海外女子メジャー◇全米女子オープン◇チャンピオンズGC (テキサス州)◇サイプレスクリークコース 6731yd(パー71)、ジャックラビットコース 6552yd(パー71)

笑顔で駄菓子を頬張りながら、ピンを狙い続けるスタイルで伸ばし合いを制した昨夏の「全英女子オープン」。コース攻略への意識を高めることで4位に入った今冬の「全米女子オープン」。1年半の歳月、特に苦境にどっぷりつかった2020年の夏場からの数カ月が、渋野日向子のプレースタイルを多様なものに変えた。

「今はバーディパットを打つ位置を考えながら、セカンドショットを打っている」。大会2日目に話したこの言葉とリンクする行動は、とある試合の練習ラウンドから透けて見えた。グリーンに乗ったボールを拾い上げると、着弾地点をピッチマークで直してメモを記す。毎ホール、繰り返していた。少なくとも、前年には見られなかった行動だった。

試合でもつけるメモには、キャリーの地点と最終的にボールが止まった場所を記録する。ボールがどこに落ちて、どこまで転がったのか。グリーンの硬さや跳ね方は? 想定するピンに対してどのような傾斜で転がっていくのか――。「ピンだけを狙い続けていた。その後のことは考えていなかった」という全英からの変化のわずか一部分だが、今夏から続ける習慣はマネジメント意識の向上を感じさせた。

自分と向き合い続けた夏場

前年覇者として予選落ちに終わった「全英」。「メンタル的にきつかった」時期という(R&A、Getty Images)

転機は夏場の米ツアーの転戦時だった。コロナ禍でずれ込んだ6月の国内ツアー開幕戦で予選落ち。ディフェンディングチャンピオンとして乗り込んだ全英を含むスコットランド2連戦でも、初経験のリンクスコースで予選落ちを味わった。「メンタル的にはイギリスがきつかったですね」と振り返る時期だ。スコットランドから大西洋を渡り米国での2週間の隔離期間中、寄り添ってくれるチームスタッフとともに自分の心と向き合い続けた。

恐怖心とは無縁で快進撃を進めた前年、進化を求めてスイングに微修正を加えた今年。自身の強みは何か? 自分のしたいゴルフは何なのか? どんな大会で勝ちたいのか? 核心に踏み込んだ自問自答を繰り返すと、武器のショット力をさらに生かすためにマネジメントの重要性にも考えが及んでいった。

課題としていたアプローチの変化は顕著だった。技術的な成長は一貫して求め続けながら、考え方を変えていった。「落としどころを考えて、どのように傾斜をつたわせれば寄るかを考えるのが今は楽しい。うまくいったとき『よっしゃ』って思うんです」。半ばゲーム感覚のようにも見えるが、カップに寄せる感性を養う上で必要な思考になっている。

「彼女はゴルフが本当に好きなんだよ」

「全米」を4位で終えて取材に対応する渋野日向子

サービス精神旺盛な渋野の取材時にはいつも、ゴルフ以外の質問も飛ぶ。お茶の間の人気者になった宿命とも言えるが、本質は22歳のアスリート。実像を超えた虚像が世間に届けられることも(自戒の念を込めて)しばしばあり、困惑を口にする場面もある。

2020年の国内女子ツアーの最終戦「JLPGAチャンピオンシップリコーカップ」で初めて組んだ佐藤賢和キャディは「本当にゴルフが好きなんだなと思った」と渋野の印象を語った。

昨夏の全英でテレサ・ルー(台湾)のキャディを務めており、最終日に渋野が1Wで1オンした12番の攻略法も現地で見ていた。「狙いにいくと決めたら、すごく振り切れる」と思い切りの良さを感じたが、あえて先入観を持たずにバッグを担いだ。

「初めてのコンビだったしスタッツの数字なんかは確認したけど、イメージを持ちすぎないようにはした」。だからこそ、ロープ内での会話は彼女の“素顔”を写し出す。「他愛もない話もするけど、ほとんどゴルフのことばっかりだった」

前年「デサントレディース東海クラシック」で最終日の8打差逆転をサポートした藤野圭祐キャディは1年以上を経て、今大会で再びタッグを組んだ。才能が開花する前の2019年の春先に渋野のプレーを初めて見た。「衝撃的だった。車に例えると、積んでいるエンジンが違うと思った」。現在でも素質の高さは変わらず感じ、緻密になりつつあるマネジメントの変化も感じ取った。

「彼女のショット力があると、日本ではそこまでマネジメントを考えなくてもできるのかもしれない。だから、去年は日本でもすごく成績を残せた。でも、アメリカは違う。コースと、より向き合わないといけない。あの夏場の米ツアー転戦の経験は、すごく大きかったんだと思う」

何度打ちのめされても

最終日はアイアンショットがなかなかチャンスにつかなかった

何度打ちのめされても、歩みを止めなかったからこそ、渋野の真価は全米女子オープンという大舞台で実を結び始めた。夏場の転戦の最後の試合となった「全米女子プロ選手権」では優勝者が決まった後も、居残り練習を続けた。今大会は練習ラウンドを重ねて、2コースを使用した予選ラウンドに備えた。単独トップで決勝ラウンドを迎え、最終的には4位。「1日目、2日目はマネジメント通りのゴルフができたんですけど、プレッシャーがかかってしまうとそれ通りじゃなくなってしまう。技術的な部分もまだまだだと思った」。手応えと課題の両面を残した。

傾斜途中に切られたピンに対して、根本的な技術面で生じたほころび。マネジメントを生かすだけのショットを放てず、パーオン率も下降した。「プレッシャーがかかった場面ではショットが思うようにいかない。きょう(最終日)のゴルフはいろいろと知れたと思います」と語り、オフに向け「今、自分の新しく作り上げているゴルフを完成に近づけたい」と力を込めた。

減った笑顔の裏側で

無観客という状況もあるが、笑顔は少なめ。最終日、最初に笑みがこぼれたのは5番だった

ギャラリーのいない無観客試合ということの影響が大きいが、昨夏とは違い笑顔はあまり多く見せなかった。緊張という理由もあるかもしれない。今の渋野の雰囲気について端的に言い表したのはリディア・コー(ニュージーランド)だった。「グレート・ポーカーフェース」「スマイリング・アサシン」という呼び名を用い、真剣なまなざしでコースと対峙(たいじ)していた渋野の姿を表現した。

難しいコースを前に頭をフル回転させて、攻略へ思考を巡らせる。“考えるゴルフ”に力を注いでいるとも言い換えられるだろう。頻繁に笑うことも駄菓子もなかったが、そんなのは大したことではない。原点回帰でも復調でもない、進化の過程の中でまたしてもメジャー制覇の真実味を示せたことが、最大の魅力なのだ。(テキサス州ヒューストン/林洋平)

2020年 全米女子オープン