国内シニアツアー

溶接のプロからゴルフのプロへ 代表取締役・寺西明の二足のわらじ

2020/12/19 18:19
ゴルフを始めたのは30歳と遅かった寺西明(写真は2020年日本シニアオープン 提供:日本ゴルフ協会)

仕事のつきあいのため、30歳で本格的に始めたゴルフが人生を変えた。49歳でプロテストに合格すると、54歳の今年、9月の「日本シニアオープン」を制し、8試合が開催されたシニアツアーで賞金タイトルを獲得した。

一方、32歳のときに設立し、代表取締役を務める製造業の株式会社明完企工(めいかんきこう 兵庫・明石市)はグループ会社を含めて従業員約150人を抱える。

プロゴルファーと代表取締役。一見、相反するような生き方を寺西明は両立させてきた。

長男の“声”にドキッ

「ツアー中、会社は(取締役の)長男がだいたいやってくれるけど、全部任せられるわけじゃない。最後の決定は私がやるし、営業も私がやることもある。普段LINEとかでやり取りするけど、電話がかかってくると、何かあったのかとドキッとするよね」

新型コロナウイルス感染拡大の影響で主戦場とするシニアツアーは試合減となった。加えて明完企工は携帯電話などの精密機器の組み立て、製造受託を主に行ってきただけに社長業としても頭を悩ませた。

「材料がフィリピン、中国、タイ、ベトナムから入ってこない。今年、工場も新しく出したのに。何千万円という赤字じゃないかな。その分、他の黒字のところで補填しないといけない」

なんでしょうもないゴルフのプロにならなあかんねん

20年のシニアツアーの賞金タイトルを獲得した(写真は2020年金秀シニア 沖縄オープン 提供:日本プロゴルフ協会)

兵庫・加古川市で生まれ、幼少期に夢中だった野球がプロゴルファー寺西の原点。ポジションは投手とショート。“遊び”ではあったが、冬のオフシーズンにはゴルフの打ちっぱなしに行ったこともあるという。

「ショットが曲がるなんて思ってもいなかった。周りのおじさんからは『プロになれ』って言われたけど、なんでしょうもないゴルフのプロにならなあかんねんと。あくまでも野球のためのゴルフ。相手がいてどんな球がくるかわからないし、野球の方が難しい」

「家が貧乏だったから」と中学卒業後は高校には通わず、溶接などの仕事を始めた。「会社員になって技術を覚えた。いろんなビジネスをやりましたよ」。野球からは自然と縁遠くなったが、当時はトム・クルーズらが出演した洋画「ハスラー2」(1986年)が日本で公開され、ビリヤードブームを巻き起こしていた。寺西も熱中し、プロ級の腕前に上達した。

「ビリヤードをやっていた経験は(ゴルフにとって)でかい。球を転がす、突く、押す、引く、曲げる。普通のプロゴルファーが見えている回転と違う回転が見えているんちゃうかな。いろんなプロと話をしても、捉え方が違うというか、自分にしかない感覚。パターに関しては自分の思うところがある」

ゴルフにはビジネスチャンスがいっぱい落ちている

寺西が2014年から通う大阪市の工房・ゴルフギャレーヂで。日本プロゴルフ協会会長の倉本昌弘も通っているとか

そして、ビリヤードと入れ替わるように、30歳でゴルフを本格的に始めたが、自身のビジネスを拡大する上でもゴルフは役に立ったという。

「いかに名のある人たちと知り合えるかと考えていた。ゴルフは高額納税者が多くて、ビジネスの窓口、つまり光があると。上場企業の社長や会長から『寺西さん、教えてよ』って言われるのがゴルフ。そりゃ、ゴルフのおかげ。ゴルフの底知れない営業力、つながりを感じている。若い人に言いたいけど、ゴルフにはビジネスチャンスがいっぱい落ちているよって」

すでに結婚していたため、限られたこづかいをやりくりし、競技に出場。アマチュアゴルフを統括する日本ゴルフ協会の寺西の略歴には2003年から15年までに11度の優勝が記録されている。始めた当初から競技には真剣に取り組んできたが、元来、好きなことはとことん極める性格。40歳の頃にプロへの興味が漠然と湧いてきたという。

「溶接はプロフェッショナルだったけど、スポーツのプロフェッショナルはやったことなかった。一度は経験したかったし、テストは当然通るもんやと思っていた」

ゴルフをやる人にメッセージを出す立場

「弘法は筆を選ぶ」と寺西(左)。ギアへのこだわりは誰よりも強い

49歳だった2015年にプロテスト一発合格を果たし、19年には海外メジャー「全英シニアオープン」に初出場。予選落ちと悔しい結果に終わったが、大きな刺激を受けて帰ってきた。

「自分に足らないものを持っている人をたくさん見て、肌で感じた。自分のやらないといけないこと、やるべきこと、強い意志をもらった気がした。モチベーションも上がった」。世界トップクラスとの差を目の当たりにし、20年シーズンはシニア賞金タイトル獲得という飛躍につなげた。

「現役はできる限りやりたい。最低限の責務。最初は60歳ぐらいまでかなと思っていたが、シニアオープンを勝って、賞金タイトルも取った。自分がゴルフをやることによって、ゴルフをやる人にメッセージを出す立場になった。若い人たちにもっとゴルフをやってほしい」

オフシーズンは社長業の隙間を縫って練習に励む。プライベートもない忙しい日々だが、「自分が望んでいたのかもしれない」と笑顔で乗り切っている。プロゴルファーと代表取締役。二足のわらじはまだまだ続きそうだ。(編集部・玉木充)

■ 玉木充(たまきみつる) プロフィール

1980年大阪生まれ。スポーツ紙で野球、サッカー、大相撲、ボクシングなどを取材し、2017年GDO入社。主に国内女子ツアーを担当。得意クラブはパター。コースで動物を見つけるのが楽しみ。