初めてのアンダーパー 裏街道常連の大津くるみに静かな変化
今や男子ゴルフを上回る人気の女子プロゴルフトーナメント。話題を集める選手の組は、多くのギャラリーを引き連れる。ティグラウンドで選手の名前がコールされ、緊張感と大歓声で見送られる。一方で、見守るのはわずかなギャラリーとメーカーやサポートスタッフだけという“裏街道”を行く選手たちもいる。その雰囲気は試合というよりも、練習ラウンドのようでさえある。
大津くるみという選手がいる。2013年にプロデビューし、これまでレギュラーツアーで予選を突破したことはない。それどころか、今の今まで18ホールをアンダーパーでラウンドしたことがなかった。当然、裏街道の常連だ。
静岡県で開催されている「センチュリー21レディス」初日の24日(金)。その大津がパー72の伊豆大仁CCを4バーディ3ボギーの「71」でプレー。1アンダーとして初めてアンダーパーをマークし、35位で発進した。
出場した全試合で最下位争いが続く苦しいシーズンの中で、突如、スコアボードに出現した赤文字。「きょうはパターが入ってくれた。上がってみるまで、アンダー(パー)の感覚はなかった」と集中していた。
熊本県の阿蘇山麓出身の26歳。2013年に24歳でプロ転向を果たした。10代でのプロ転向も珍しくなくなった昨今では、遅咲きとも言える。「坂田塾」に入門後、鈴木規夫の最後の弟子となった。14年までは下部のステップアップツアーを主戦場としていたが、QTを40位で突破してレギュラーツアーの出場権を獲得し、今季は今週までに17試合に出場している。
なぜか気になり、今季の開幕直後から取材を続けてきた。当初は「練習は嫌い。楽しいと思って取り組んだことはこれまで一度もなかった」と、マイナスな感情ばかりをぶつけてきた。
それが6月第3週の「ニチレイレディス」ごろから、練習日にも会場へと足を運び、ひたすら練習する姿が見られるようになった。“一流”と呼ばれる選手には当たり前のことのように思えるが、そうではなかった大津にわずかな変化を感じた。予選落ちした2日目のホールアウト後も、「練習に行ってきます」と足しげく練習場へと通い始めた。
背景には、マネジメント事務所が一緒で、同い年の元世界ランク女王・申ジエ(韓国)の言葉があった。それは「日本人選手に多いけど、初日、2日目のスコア次第で、ホテルをチェックアウトして会場に来る。でもそれでは、試合が始まる前から予選落ちを、自分で決めてしまっていることと同じ」というものだ。
この言葉に促され、2日目で予選落ちした後も、日曜日(最終日)のチェックアウトまで会場に残り練習するようになったのだという。
ゴルフを続けること。ましてやそれが職業となれば、強いモチベーションは必要だろう。大津は「モチベーション?ないです。ゴルフしかしてこなかったから、ほかにできることもないし…」と語っていた。しかし、きょう「今はゴルフが楽しい。でもまだメンタル面が弱いから、試合はあまり好きじゃない」と口にした。まだネガティブな言葉は残っているが、本人から「ゴルフが楽しい」と聞いたのは初めてだった。
他界した大津の父は建設業を営み、懸命に仕事をして娘をプロゴルファーにすることが夢だったという。家業は兄の康伸さん(35)が引き継ぎ、母とともに大津のツアー生活を支える。
プロとして大津がこれまでに獲得した賞金は、下部ツアーで得た計18万7500円に過ぎない。「自分がプロゴルファーを目指さなければ、経済面でも家族に負担を掛けずに済む」と、大津は何度も母、兄に訴えた。
「そんなことの心配は無用。お前のツアー転戦費用は、俺が仕事で頑張って稼いでやる」。それが康伸さんから返ってきた言葉だった。
もちろん、まだ初日が終わったばかりだ。2日目以降どうなるかは分からないが、大津は「(現状から)逃げたくはない。予選通過?そこまでは考えていないけど、1ホール1ホールやるべきことをやるだけ」と語った。
熊本の女性を表すのに“肥後の猛婦”という言葉がある。一本気で不器用な気質の熊本男性を指す「肥後もっこす」の女性版だ。口をつく言葉とは裏腹に、大津の心の中に秘められた、火の国に生まれ育った女性の脈絡が見え隠れしているように感じた。(静岡県伊豆の国市/糸井順子)
■ 糸井順子(いといじゅんこ) プロフィール
某自動車メーカーに勤務後、GDOに入社。ニュースグループで約7年間、全国を飛びまわったのち、現在は社内で月金OLを謳歌中。趣味は茶道、華道、料理、ヨガ。特技は巻き髪。チャームポイントは片えくぼ。今年のモットーは、『おしとやかに、丁寧に』。